『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』をクリアした直後の感想

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本日、『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』のメインストーリーをクリアした。現時点での感想を 3 時間程度で書く。ネタバレあり。

一応、本作をプレイしたことがなくとも、理解できるように書いているつもりである。

結論

結論を言うと、『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』は、遊びのコンセプト、シナリオ、プログラミング、アート、そのすべてが、高度に調和している。任天堂の追い求めてきた最高峰であり、2023 年のビデオゲームの極点である。

今のところ、私はメインストーリーを 1 回クリアしただけではある。しかし、今これを書き留めておかないと、後から、今の気持ちを正しく思い出すことができなくなるであろう。このゲームの感想を述べるには、今が早すぎるのは承知で、書く。

前作のコンセプト

本編を述べる前に、前作『ブレス オブ ザ ワイルド』のコンセプトをおさらいしておく必要がある。「ゼルダのアタリマエを見直す」という標語を覚えている方も多かろう。私の言葉で、具体的にいうと、以下の通りになる。

  • ゲームデザイン:プレイヤーが世界に影響を与える。
  • プログラム:ウソ物理とウソ化学の世界で遊ぶ。
  • アート:ウソをつきやすいが、説得力のあるアート。

以下の動画が最もわかりやすいであろう。特に後半では、ゲーム内で「ウソをつく」ことの意義が、丁寧に論じられている。

ゲームデザイン面では、この記事も参考になる。

本作では、これらの点が徹底的に磨き上げられていて、極点へ至っていると、私は感じた。

なお、本作の開発者インタビューは、これから複数出てくるであろうが、「開発者の訊きました」は必見であろう。

本論

モドレコから作られたシナリオ

まず、シナリオについて、書く。

ビデオゲームを普段プレイしている方に改めて述べるまでもないことであるが、任天堂のゲームは、最初に機能があり、そこからデザインが決定される。例えば『スプラトゥーン』はその例である。その反動として、伝統的にシナリオは軽視されることが多い。一応、ゼルダシリーズは、任天堂のゲームにしてはシナリオがそこそこ重視されている。しかしそうは言っても、前作『ブレス オブ ザ ワイルド』のシナリオは、遊びを成立させるための器であったといってもよいであろう。ところが、『ティアーズ オブ ザ キングダム』は、それにとどまっていない。

まず最初に指摘するべきことは、この作品はタイムスリップものであるということである。

序盤、始まりの空島の終盤において、今作のウソ物理の装置の 1 つである「モドレコ」が、導入される。簡単に言えば、物の位置を一定時間「巻き戻す」ことができるというものである。モドレコは、フィールドアクションから、祠の謎解きから、ボスを倒すことに至るまで、ゲームデザインに組み込まれている。ここまでは、前作と同様である。

私が驚いたことは、モドレコが、本作のシナリオにすら組み込まれているということであった。

モドレコは、ゼルダの残留思念から贈られる。入手する際、本作のゼルダは「時の賢者」であることが説明される。地上絵のイベントをすべてクリアすると、物語冒頭のゼルダは、過去にタイムスリップしたことがわかる。つまり、モドレコに「意味」があるということが、徐々に判明してくる。そして、最後に結実する。リンクがゼルダから贈られた能力と武器で、魔王ガノンドロフを討伐することになる。

つまり、本作のシナリオは、ブログラムから発想されている。モドレコを導入したから、ゼルダは時の賢者となった。上述の前作の開発経緯をたどれば、この因果関係は逆ではないはずである。しかしあくまで私の予想であることは申し添えていく。

ビデオゲームのプレイヤーは、何十時間・何百時間と努力を重ねて、操作に慣れ、解法を編み出し、膨大なタスクをこなす。だからこそ、その努力には意味があるのだと、救ってくれるのは、嬉しいものである。この感動は、極論すれば、ビデオゲームだからこそ、実現できるものといえよう。

スクラビルドの影響範囲

同様に考えれば、今作のウソ物理は、ゲームデザインやアートにも影響を与えていると、合理的に予想できる。それは「スクラビルド」である。簡単に言えば、自分の武器に、好きな素材を組み合わせることができるというものである。

まず、スクラビルドの効能について。本作も前作と同様、武器や盾や弓をある程度使うと壊れてしまう。これは、面白さの源泉の 1 つである。しかし、道具を必要なときにうまく調達することが難しいという欠点がある。例えば、木を切り倒すなら斧らしい武器が必要だし、岩を砕くなら砕くための武器が必要である。その武器も、使うと壊れてしまう。だから、うまく武器を保持しておくことが、なかなか困難であった。本作は、スクラビルドを導入することで、必要なときに必要な機能を武器に付与できる。例えば道端の石をつければ、どのような武器でも、岩を砕くことができるようになる。武器が壊れることと、機能を保持することを、両立させている。ついでに、武器に強さを上乗せしたり、耐久度を上げたり、新たな効果を与えるなど、様々な遊びに派生している。これは、任天堂らしいと思った。「アイデアとは、複数の問題を一気に解決するものである」である。

ところが、スクラビルドは、これにとどまっていなかった。スクラビルドは、物語の根幹に関わっている。それは、ゴーレムである。シナリオが中盤から終盤にさしかかると、魂の賢者・ミネルの存在が明らかになる。ミネルは現代に蘇るために、肉体を必要とする。リンクは、ミネルの器としてのゴーレムを完成させ、ゴーレムを操作できるようになる。このゴーレムの腕や背中に、スクラビルドよろしく、素材をつけることができる。このことは、発売前はその全てが伏せられていた。

この段階になって私は、どうして空島がゴーレムの世界であるのかを理解することができたような気がした。これがやりたかったからなのだと。スクラビルドがあれば、ロボットのパーツを組み替えて、戦ってみたくなるであろう。 Nintendo Labo を作った会社なのだから、自然なことである。つまり、スクラビルドが導入されたから、コンセプトの 1 つがゴーレムになった。しかし、これもあくまで私の予想であることは申し添えていく。

補遺

ついでにいうと、今回のウソ化学には、光が導入されている。光は、地底世界の種々のコンセプトとぴったり合っている。

また、電池であるゾナウ・エネルギーが導入されている。ウソ物理・ウソ化学の両方に影響を与えている。前作で上級者だけがフライングマシーンや BtB/WB 高速移動で楽しめていた醍醐味が、誰でも手軽に味わえるようになった。また、簡便なジャンプ・アクション(リーバルトルネードやビタロックを用いた偽エネルギー保存則)が廃止されたので、ある種の公平性が増した。これも非常に優れた発明だと思う。

ウルトラハンドも、より簡便に、より一層こだわったことができる。これは、実際にプレイしたり動画を見たりすると様子がすぐわかるので、この記事では省略する。

トーレルーフが存在してよい世界

ここまで、プログラムが他の要素に影響を与えた様子を見てみた。最後は、トーレルーフについてである。トーレルーフは、簡単に言えば、その場からリンクが天井に向けて垂直に上昇し、しかも天井を突き抜けて天井の上にいけるという要素である。

トーレルーフは、ほとんど全ての 3D ゲームに存在していたであろう「降りた後、上がるときには梯子を登る」という要素を、省略することに成功している。例えば、井戸から降りた後、戻るための梯子を必要としない。今作は前作にはなかった洞窟が導入されているし、上空にもいける。地底世界もある。ゆえに、本要素によりプレイヤーが受ける恩恵は、果てしない。

こんなことが可能になったのは、嘘を付きやすいアートの力が大きい。もし本作の世界が、詳細に描かれていたら、リンクはどこもかしこもトーレルーフで飛び上がることは可能だっただろうか。前作のアートがあったから、トーレルーフを導入できたのではないか。ここでは、アートがプログラムに影響を与えたといえよう。

難易度について

難易度は高くなっている要素もあるし、低くなっている要素もある。私の感触は以下の通りである。

  • 戦闘:難易度が低くなっている。特に大ボス戦は、明快である。ある程度練習すれば、ノーダメージクリアもできる。
  • ゲームオーバー率:高くなっている。ハートが少ない間はたくさんゲームオーバーになる。種々の要素を痛みを伴いながら覚えることになる。
    • 上述の 2 要素は、『メトロイドドレッド』のような感触である。ゲームとしてはバランスがよい。しかし、詰まる人は出そうである。例えば、リンクが好きだけど普段アクションゲームをやらないという人は、前作以上に大変だと思う。バランスはとれているものの、被ダメをへらすイージーモードを実装したほうがよいと思う。
  • 謎解き:難易度は高くなっている。私自身はノーヒントでやっているが、こだわりがなければインターネットで答えを検索してよいと思う。一方で、必要なアクションの面から見ると、低くなっている。祠の宝箱を入手するところは、特に難易度が下がっている。
  • 次の目標を発見する難易度:高くなっている。メインシナリオは思った以上に長く、途中から明確なヒントがなくなってくる。だがそこで寄り道をしたりするのが、面白いとも言えよう。

前作は、過激なくらい nonlinear な遊びであった。始まりの台地をクリアした後は、ハイラル城の本丸に行けばすぐにラスボス戦ができることが示されていた。しかし本作は linear なメインシナリオに、サブシナリオをぶら下げている立て付けになっている。地上に降りた後、監視台に行くことになる。その後は、まずリト村から行けと言われる。その道中で、龍の泪、大妖精、馬のイベントといった、やったほうがいいイベントが発生する。ラスボスがどこにいるのかは、最後の最後まで明かされない。

終わりに

前作は、まず、ゲームデザインや遊びのコンセプトがあって、次にその答えとしてウソ物理やウソ化学というプログラムがあって、その実現としてのアートがあった。少なくとも私は、種々の開発者インタビューや講演から、そう理解している。今作は、前作とコンセプトやマップがほぼ共通であり、続編であることから、アートやプログラムの側からの発想が出てきている。これは、思い返してみれば、任天堂が昔から追い求めてきたものである。『ティアーズ オブ ザ キングダム』は、 2023 年現在における、その最高峰である。ビデオゲームの種々の要素が、高度に調和している。この相乗効果は、凄まじい説得力を生んでいる。

ビデオゲームの最高峰だとまでは言うつもりはない。やはり Nintendo Switch のゲームだから、ロード時間は PS5 や Xbox Series X のゲームより長いし、 1080p/30FPS の画面も、物足りないと感じる人もいるかもしれない。今後開発されるゲームの中から、本作を超えてくるものがあると確信している。それは次回作のゼルダかもしれない。だが、控えめに言っても、本作 2023 年のビデオゲームの極点であるとは言えよう。

『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』を、 2023 年 5 月 12 日の日付がかわった瞬間からはじめ、インターネットで検索せずノーヒントでやりつづけられたのは、誠に幸運であった。私がどのような気持ちで本作をプレイしていたかは、別の日に、別の記事にしたいと思っている。