Twitter について

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結論

  • Twitter アカウントは保持します。
  • 今後、ログインはほとんどしません。

Twitter のログインをほとんどしない理由

間違い

間違い: Twitter やめろと指令が出たから

今の組織はまともだから、私に Twitter やめろなんていうわけない。 一般論として、問題がある行動をしていれば指導が入る。しかし、私の Twitter は超健全運用である。リツイートするのは絵師さんの愛のこもった絵ばかり、未だ溢れ出る 2 次元への愛を語り、脳トレリングフィットの結果が貼られ、日々の数学の取り組みを溢す。以前は英語クイズやプログラミングコンテストの話題があった。それでいて、業務上書いてはいけないことは厳密に書かないで守っている。ここまでして、規制したら、それは弾圧だ。

むしろ、忙しくて時間がないといいながら Twitter の監視をしていたり、または、何の専門と関係ないのにコメント書いてファボもらえることに夢中になっていたり、バズると知名度高くなって嬉しがったり……そういう「管理職」たちばかりの世界にずっといたので、まともという意味がよくわかっていなかった。 普通の人たちは、忙しすぎて、 Twitter に張り付いたりしていない。

正解

正解: Twitter をやるより有効に時間を使いたいから

iPhone, iPad のスクリーンタイムで公式アプリを開いている時間を調べた。そうしたら結構な時間になっていた。

試しに、公式アプリを削除して過ごしてみた。すると、損をすることはほとんどないのに、得をすることばかりなことに気がついた。

愉快で面白いものには、代替物がある。増えた時間で、積んでいるアニメを見たり、積んでいるゲームをやったりすれば、問題ない。

一方で、見て得することもないニュースを見て感情が湧いたり、頭が良いと自称する人の説教を見たり、私はこんなに強いんだというツイートを見るのは真に時間の無駄である。こんなのは最初から知らなければいいだけの話だし、その時間を使って 1 行でも論文や本を読んだ方がましだ。

脳トレやリングフィットの投稿は時間がかかるので、これももうなくて良さそうだ。絵師さんの絵を見るのは Twitter でないとできないことで、これだけは心残りだ。しかし、そのために変なバズツイートや広告やトレンドを見て感情が湧くのは損なトレードだ。

帰結

だから、もう Twitter はほとんど見ないことにする。 Twitter にいらっしゃる皆様のことは少しも嫌いになっていないが、時間を有効に活用するという利点は素晴らしい。たまに気が向いたらログインする。

余談

どんなツイートが見たかったか

余談。私は、数学をやっている人のツイートが見たかった。

数学の本を一度でも読んだことがある方は皆同じ認識に到達するが、本や論文は 1 日 2 ページくらいしか進まない。普通に行間を補うだけでも時間がかかる。さらに「この議論は、どうして必要なんだろう」「どこに仮定が効いているか」「例を当てはめてみよう」「仮定がどこに効いているのか」などやっていると、 1 日 2 ページくらいしか進まないのは当然である。

でもそうするしかない。道は一本だけである。家庭料理みたいにコツなんてないし、人類の集積知の方が偉大だから個人の才能に意味はないし、運動のようにコーチによるレッスンもないし、昔のマリオカートのようにショートカットもない。どれだけ歳を重ねても、日々時間をかけて、地道にやる。意思を強く持って、今やっている内容を心から楽しみ、丁寧に進む。

だから私は「今日も 2 ページしか進まなかった」とか「行間を埋めるのに 4 時間かかった」とか「今日も考えてみたけど、わからなかった」とか、そういう 当たり前の数学のツイート を見たかった。皆等しく、苦労している。銀の弾丸がないのは当たり前。やっぱり、自分も頑張ろう。そう思える機会が毎日あれば、きっと励みになったに違いない。

数学の人は、 $n \approx 2$ を大幅に外れる値に対し、「今日は $n$ ページも進みました」という記述と出会ったら、すごいなって感心するどころか、むしろ、その人の実力を見切る。でもそうやって強がっていると Twitter では褒めてくれる。頭いい、才能ある、すごいと。……こう書くと、しかしそれと対極の世界も、結局エライ先生に高いプライス付けさせることを競っているから、五十歩百歩だろと言われるかもしれない。それはともかく、逃げずに実力をつけていきたいものである。