すなえもんクイズが目指すもの

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この記事では、すなえもんクイズをどういう運営方針でやっているのかということを述べておく。すなえもんクイズは、第一義には私の勉強が一番の目的であるが、その目的意識は共有しておきたい。

すなえもんクイズの概要

4 択の英語空所補充クイズである。大抵はセンター試験の過去問から採っているので、難易度はそのくらいである(後述)。毎日 1 問出題し、原則として 24 時間後に解答と解説を書く。

最初はセンター試験などの問題文をそのまま出していた。しかしそうすると問題文でぐぐるとなんとか知恵袋とかが出てきて一撃で答えがわかってしまうことが問題であった。ぐぐれば一撃のクイズを自分の頭でまじめにやりたいと思う人はそうそういないだろう。そこで Sunaemon たちを登場させ、問題文を書き換えることにした。

これらは私の勉強になっている。問題文の書き換えには、細心の注意を払っている。毎日英作文しているようなものである。もちろん解説も気が抜けない。変な解説をすると私よりはるか格上の人から指摘が飛んでくるだろう。英語が専門でない私はいつも注意している。

センター試験の特徴

すなえもんクイズは大半がセンター試験の過去問の改題になっている。ここでセンター試験の特徴について述べる。

私見では、センター試験の英語は難しく良質な試験である。詳しくいうと以下の特徴がある。

  • 英語そのものには「高校 2 年生の教科書まで」という厳しい制限がかかっている。
  • しかし問題は難しい。
  • さらに問題が良質である。

つまり、 難しくない英語で難しい問題を作っている 。やったことあるひとならわかるだろうが 200 + 50 点満点は至難の業である。来年度のセンター試験は最後である。私はその頃には過去問もやり尽くし、全力で迎え撃つが、恐らく来年 1 月の私も満点は取れないだろう。

難しくない英語で難しい試験を作るのは、プロの技と言える。発音・アクセントから文法・語法、各種読解に至るまで、最初から最後まで気が抜けない試験である。よく考えてみてほしい。受験生に間違いの選択肢をマークさせるためには「正しい選択肢を間違っているように見せ」かつ「間違った選択肢を正しいように見せる」必要がある。それができて初めて、受験生に間違えてもらえ、入学試験として機能する。

センター試験のすごいところは、ただ点数をばらけされる入学試験として機能しているだけではなく、問題が良質であるところである。センター試験はプロが作っている。問題文がおもしろくなかったりすることもある。しかし、各種設問からは、大学教員が、自分の研究時間を減らしてでも、いい問題を出すんだというプライドが感じられる。いい意味でのプライドがある。

ちなみに私の東大英語の認識は、上の「センター試験」を「東大入試」に変えて「高校 2 年生」を「高校 3 年生」に変えただけである。全く理屈は同じである。ただ、東大学部入試はセンター試験と相補的になるように工夫されているように思う。

私は自分で問題を作ることも時々あるのだが、やっぱりプロの技には敵わないといつも思う。だから原則として入学試験の改題で出題するようにしている。

すなえもんクイズの運営方針

さて、私がすなえもんクイズを運営する上で一番大事に思っているのは、以下の点である。

  • 来年度の、最後のセンター試験と、東大入試を受ける受験生を最優先する。

これは AtCoder で好成績を取っている受験生は基本的にみんな東大を受けるものだと思っているからである。ゆえに、以下の運営方針をとる。

  • ごく一部の出題を除いて、高校 3 年生の教科書のレベルを超えないようにする。
  • センター試験と東大学部入試の難しさは維持する。
  • 的中を狙うのではなく、普段の勉強の一環にしてもらう。
  • 4 択の選択肢は、正解以外を全て消去できる客観的な理由があるように作問する。

逆に言えば、以下の方は対象外である。

  • 高校 3 年生の教科書水準よりも高い英語を使った問題を求める方。
    • あくまで目安だが、英検準 1 級の語彙問題のようなものは出ない。
    • その代わり、教科書レベルならば、細かいものまで徹底的に出る。
  • 自明な問題を求める方。
    • 特に、一部資格試験では、易しい難易度の問題が出るが、そういう問題は排除している。
  • 専門レベル?の解説を求める方。
    • 大学の勉強は大学以降にすればいい、少なくとも試験で問うべきではないと考える。
    • あと私は英語の専門教育を受けていないので、解説できません…

こういう方は、大人しく別の問題集を解くべきである。

余談:受験生の仕事

ここで、大学受験生の仕事について述べる。

  • 大学受験生の仕事は、自分の点数を取ること、上げることである。
  • そのために、過去問から学ぶことである。

そして、次のことは、少なくとも大学受験生の仕事ではない。

  • どのように大学入試が行われるべきかを考えること。
  • 大学入試の改革に意義を唱えること。

以下は完全に余談である。

受験生の仕事は、良くも悪くも、点数を取ることだけだ。他人の点数を操作することはできないし、自分がどんなに高い点数を取っても誰からも文句を言われる筋合いはない(田舎は親や教師から嫌がらせされることもあるかもしれないが)。そしてそのために勉強をすることである。過去問はそのための材料になる。

少なくとも東大入試に外国語が課されているのは、外国語を入学後の勉強で否応無しに使うからである。そしてその外国語とは、事実上、英語であることも否定できない事実であろう。だから英語の試験をしてその点数で合否を決定するのには合理性がある。それが東大入試の一般入試のシステムである。そしてこのシステムを成立させるために必要なことが、試験問題が受験生が解くべき題材としてふさわしいことである。

大学入試改革関連について、改革しようとしている人についても、それについて言及する人についても、少なくとも試験問題そのものをまずみているのか疑問に思う。もし過去問を具に見ているのであれば、センター試験の問題が受験生の教材としてにふさわしいかという観点からまず議論が始まるはずである。毎年マイナーチェンジはあれど、ほぼ同形式で試験をしているのであるから、やめろ、やめるな、という意見は、そんなに簡単にブレたりしないのではないか。問題が受験生にふさわしいかどうかという問いに対して、答えを持っていない、それどころか、そもそも問題を見ていないのではないかと、いつも思う。

しかし、センター試験が終わることは決まってしまった。英語に関しては数年間救済処置があるらしく、いきなり民間試験に全部行くということはないらしい。その施行テストを見る限り、センター試験とは出題方針が異なるようである。

繰り返すが、受験生にできることは、勉強するだけである。声を上げたところで、センター試験が終わることは何にも変わらない。その事実に良くも悪くも向き合って、それでも勉強するしかない。

再来年度以降について、今の段階で私が確実に言えることはないようだ。だからここは言及しない。しかし来年度については、センター試験は最後である。逆に言えば、マイナーチェンジはあるかもしれないが、ほぼ同様の試験が期待される。であるならば、それに向けて、過去問から学ぶべきことを学ぶというのは、正しいことだと理解している。