TV アニメという趣味を引退します

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趣旨

TV アニメという趣味を引退します。アニメは見続けますが、命を削ってやるような趣味としてではなく、余興として見続けます。

経緯

私の中で TV アニメという趣味は、深夜アニメに魅せられて以来、情熱を持って取り組んできた趣味だった。「TV アニメが趣味です」とは、放送中の作品は自分の目でチェックする、そして時間と体力が許す範囲でそれらを完走することを指す。子供向けでない深夜アニメに限っても、毎クール 30 - 50 本近くある。それらを基本的には全部チェックし、その 1/2 - 1/3 くらいを目安に完走するように努力してきた。暇な時間はとにかくアニメ見るようにしてきた。深夜アニメ自体は田舎にいた頃から趣味だったが、「TV アニメが趣味です」の状態は短く見積もっても 10 年近くはやってきたことになる。

しかし、最近の数年で、私の状況はだいぶ変わった。特に YouTube に動画を投稿するのが趣味になり、ビデオゲームプレイングの方に時間を取られるようになった。こちらも私にとっては昔から続けている大事な趣味である。

どちらも時間のかかる趣味である。さすがに両方に注力する時間がだんだんなくなってきた。幸いなことに YouTube の方は好評であり、ゲームをやりたいと思う反面、アニメはたまる一方になってきた。うまくさばく必要が出てきた。

アニメを見る際の脳の処理の負担を軽減するために、アニメは最新のものを追いかけるのはやめにした。完結したアニメを縦に見ることに決めた。こうすることで、アニメを見る理解力が高くなり、一定の成果はあった。

しかしそれでも、時間不足は解消する訳ではなかった。ただ見る順番が入れ替わるだけなのだから当然である。

そんな中、私の中で 2 つの出来事がきっかけとなり、引退することを決意した。

まず、現上皇陛下が退位なさり、現天皇陛下が即位なさった。上皇陛下の決断を見て、今の私のアニメに対する状況と似ているのではないかなと思うようになった。上皇陛下も退位するのであるから、自分も趣味を引退しようと思った。

もう 1 つは、いいアニメに出会えたことだった。『約束のネバーランド』が私の引退を決意させた。このアニメは本当に素晴らしい作品だった。 2019 年現在のアニメの頂点だと思った。特にアニメ化する際に、表現が相当洗練されている状態になっていることに感動した。原作と見比べても、布石の打ち方、情報の出し方がより良いものになっていた。更に「深夜アニメを見ている人が当たり前に思っている表現技法」を駆使していることにも感動した。ネタバレになるので具体的には注釈で述べる1

このタイプのアニメは現状『劇場版 聲の形』が一番強いと思っていたが、ついに 2019 年に塗り替えてきたと思った。

それで思った。今後も、私が趣味に使える時間は、どんどん短くなる。ゲームにかける時間が多くなる一方で、「全部見て 1/3 を完走する」なんてどーやっても無理である。しかし、その中で私がやるべきことは、少しでも良質なアニメを見ることではないのか。趣味であることは引退するが、アニメを見ることそのものをやめることを含意しない。むしろ良質なアニメを落ち着いて見るために、私は引退したい。そう思うようになった。

短い時間しか取れないのはどうしようもない。しかしその中で、少しでも上質で納得のいく体験をしたい。だからローラー式に全部見る「アニメが趣味」ではなく、自分の好きなアニメをじっくり見る「アニメが好き」程度に落とそうというわけである。無論これにより、特に新人の声優さんに対する知識は低下するのは避けられないだろうし、スタッフも追いきれなくなるだろう。

引退後

私は d アニメストア、 Amazon Prime Video 、 Netflix に加入している。このどれかで配信されているならば、自由な時間にアニメを見ることができる。 TV はもういらない時代である。録画ボタンすら押す必要はない。 iPad Pro でもかなりいい音がでる。いい時代になったものである。今後は好きなアニメを好きな順序で気楽に見ていきたいと思う。

  1. (ネタバレ注意) 例えば、シスター・クローネが絶命するシーン、ノーマンが出荷されるシーンは、比較するとわかるが、非常に洗練されていた。どちらも「いただきます」なのだが、前者はなんて残酷なと思うし、後者は「これ前にも見たな」となるけど一部違うようになっていた、つまり命の結末も違うことが暗喩されていた。また、最終回、アニメ版ではエマがイザベラの目の前で降下し、その後イザベラが髪を下ろすシーンになっていたが、アニメの最終回にふさわしい、絶妙な改変だったと思う(原作は少し違う)。レイがイザベラの実子であることが判明するシーンは、きっとアニメで見た方がずっと、パズルのピースがハマったかのように腑に落ちると思う。このシーンは原作では、シスター・クローネによってつかまされた物証として布石が打たれていただけであったが、アニメは音楽をならせるので、もう、完璧だった。してやったりだったのではないか。あとちょっと脱線しますが、全編を通して残酷で残虐なシーンが描かれているのだが、そこに下品さが全く感じられなかった。例えば脱走の際にエマの左耳が切断されて捨てられるのだが、出血量が全然ないように絵柄が調整されていた。原作でもそうなっていたのでアニメの意向ではないようなのだが、意図的に行なっているのだろうと思った。