縁故採用について

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我々は良くも悪くも縁故採用しか方法がないです。

数理科学研究科も助教→准教授→教授の内部昇進以外は全員公募で採っていることになっているけど実際は(全員ではないけどかなりの人数が)実は内諾済みで採られている。これはもう公然の秘密みたいなものになっている。

将来伸びる可能性のある人が数学に集中するためには、縁故採用は一概に悪い方法とは言えない。20 年以上前までは、修士課程修了者に呼び出しがあり、あなた明日から助手ですと言われて、その後好きな時間をかけて好きなだけ数学の修練に励んで博士を取ることができた。それがどれだけ良い影響をもたらしたか計り知れない。

今の数学のアカデミアは大学院重点化というアメリカの真似だけをして、修士課程から指導教員をうまく利用した作文と本数とコネの争いが始まり、博士課程やポスドクがただあり、形の上での公募の縁故採用だけが残っている。その間、数学の研究ではなくて、争いが目的化されている。数学の研究は生き残るための手段であって、目的ではない。そして tenured になったらあとは duty するのが主の職業になりつつある。研究でも教育は片手間でやるもので duty が本業である。

だから高い教育の成果を人間社会に還元するためには、今の若手は日本(またはアメリカ式を見習った)のアカデミアにいるのでは、成果物である我々がつぶれていくだけなので、民間企業や官公庁に行くしかないと思う。これは数学の博士課程修了者の多くの人が思っていて、なおかつ、ごく一部の人が行動に移している。

しかし我々が正当な評価を受けて正当な業務を課せられるためには、やはり同じ仕組み、すなわち、縁故採用に頼らざるを得ないというのが実感です。履歴書出して、自己アピール書かせてグループディスカッションとか Web テストとか重視して、 1h 程度の面接するのでは、それに過剰適応し、面接官や取締役の直感に訴えかけた人が勝つだけである。私の立場でこういうことをいうのはよくないかもしれないけど、一定以上のレベルの人を見抜くには、採用する側全員に一定以上の能力が必要なのも感じます。これも「就職活動」の前からなんとなくわかっていたことです。

だから、コンテストに出て、懇親会に出て、こうして Twitter もやってみているんだけど、どうなのかなという感じです。天命を待つしかない。あまりにも暇なので数学の研究と AtCoder と英語の勉強をやっている感じです。

もちろん、時代に合わせて「産業界に影響のある数学」「機械学習の経験」「情報科学の研究成果」「proceeding の実績」をつくれば即物的な permanent の職はあるでしょうけども、そんなの数年後には今のソシャゲエンジニアになって終わりでしょう。私はあるソシャゲである会社がの時価総額が 100 倍になっていく過程で、そこから引き抜かれたソシャゲエンジニアのことを個人的に知っている。今の彼は、決して悪い待遇を受けているわけではないが、業務内容は冴えているとはいい難い。数年後、私がそれになりたいかということよね。割り切って時代の流れに乗っていく博士のあり方もありかもしれないけども、少なくとも自分には合ってないなと思います。

私の経験と衰え、それと有能な若手の成長曲線の crossing まであと 10 - 15 年程度はあるが、できればその 10 年程度の時間を「正しい用途」に使いたい。それが私の考えていることです。

以上の経緯から、「いいお話があれば、お伺いしたいです」という態勢にしています。 Twitter の DM でどうぞ。どうぞよろしくお願いします。