大学の数学科でやる数学について

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この記事を書いたきっかけ

数学科にまつわる物事の中には、中にいる人は当たり前だと思っていることでも、外から見れば全然常識はずれということもよくある。そこでこの記事で、数学科の数学はだいたいこういうものだというものを書いておきたいと思う。前々から、カウンセラーの先生から書いて欲しいと言われていたし、これをきっかけに書くことにする。

数学科の中には悪趣味な人もいる。誇張表現を含み、自分より下の学年や同学年の人間をおっかなびっくりさせるのが好きな人も結構いる。よく 50 代くらいを境に優秀な数学者が精神論を振り回すことがあるが、こういうところに端を発していると思う。多分プライドを保つためにそういうことをしているのだと思う。

その点私には、もう、捨てるプライドがない。本名アカウントで型月の二次創作絵を ReTweet するのが趣味であるくらいである。私に質問したのは割と正解だったかもしれない。精神論を抜きにして、大学の数学科の数学について、これから学ぶ人向けに、正直に書きたいと思う。

(2019-03-19 追記) 想定する読者

この記事は次の読者を想定しています。

  • この質問をしてくださった方をはじめとする、数学科に進学なさる方
  • これから、数学科に進学することを検討なさっている方 (在学中 or 過去卒業なさった方は含まない)
  • 大学勤務のカウンセラーさんのように、数学科の学生がどのように教育されているか知っておくべき立場の方

以上に当てはまらない方は、この記事を読む必要が全くありません。 この記事は結構な長さがあるので、読むための時間が勿体無いです。ご自身の研究を進めたり、新しい英単語を覚えたり、優れたビデオゲームで遊んだりする方がずっと有意義な時間の使い方だと思います。 この文章は、原始的には、「質問をしてくださった方への回答」であることをここに宣言しておきます。私と、質問者の 2 人だけで閉じています。 その当たり前のことを分かった上で、なおもお読みになるのであれば、もちろん私はそれを止める権利はありません。しかし、ご自分の中で何らかの感情を抱かれたとしても、私は責任を取ることができません。要するに この質問をしてくださった方以外の相手は一切しません という意味です。

大学受験の数学までとの違い

高校までの数学は、まず大学受験という圧倒的な壁があったおかげで、大学入試のような難しい問題を解くことが誰しもの最終目標であった。文部科学省検定教科書は絵本みたいなもので、そこの内容は読んだ瞬間にわかるし、練習問題は見た瞬間に解ける。章末問題はそんなに難しくない。しかし大学入試の問題はそれよりずっと難しいから、大学受験用の参考書を使って難しい問題を解くことを学ぶ。

しかし数学科に来ると、最終目標は難しい問題を解くことではなくなる。一応大学院入試というものはあるけれども、大学入試よりもずっと素直な問題が出る。大学の数学においては、教科書の章末問題が解ければ、素晴らしい実力を持っていると言える。大学の定期試験では、教科書の練習問題が正確に解けていれば非常に好成績で単位が来るであろう。

だからと言って数学科の数学は簡単ではない。 何が難しくなるかというと、教科書に書いてある内容を理解するのが難しくなる。そこに難しさのピークが来るようになる。 まずこのことを念頭におくのが大事だと思う。

最初に勉強するべきこと

私見ではあるが、 大学の数学で最初に勉強するべきことは、一階述語論理 である。特に、 量化子を含む命題の否定を機械的に取れるようにする ことである。例えば関数 $f \colon \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ が点 $x \in \mathbb{R}$ で連続であることは、論理記号で書くと、 \[ (\forall \epsilon > 0)(\exists \delta > 0)(\forall y \in \mathbb{R})(\lvert x - y \rvert < \delta \Rightarrow \lvert f(x) - f(y) \rvert < \epsilon ) \] となる。この時点で量化子が入れ子で $3$ つも出てきている。この否定を意味を考えながらとったりするとその時点で躓く。これを真っ先に習得するべきである。

その上で、 量化子が絡んだ証明を書く方法 もわかっておく必要がある。以下のプリントは最もわかりやすい指南の 1 つで、参考になる。

復習に時間がかかる

一階述語論理が使えるようになれば、大学 2 年生までは「普通に」勉強が進むはずである。基本的にはカリキュラムについていけばよろしい。また、講義の予習は、先生が指示しない限りは、しなくてよろしい。 その代わり復習には大量の時間がかかると覚悟するべきである。 教養の科目で英語や外国語や物理学も勉強する必要があるだろう。数学に割ける時間は少ないかもしれないが、なんとかして数学に時間を割くべきである。

感覚的なことで恐縮だが、数学科 1 年生の夏学期で講義される数学の量は、高校数学全部の量よりも多い。数学科 3 年生の夏学期になると、もう専門科目しかないので、その量が 3 - 4 倍になる。これは決して誇張表現ではない。純粋に単位数だけ見ればそうなっているはずである。

そして重要なことだが、 大学の数学は途中をスキップすることはできない 。大学の数学は完全に積み重ねの科目である。 1 年生の内容が分からないと、その応用である 2 年生の内容は永遠に分からないし、 2 年生の内容が分からないと 3 年生の内容は絶対に分からない。ここは特に「絶対に」と言える理由もある。ここを勘違いしている人が世の中には悲しいくらい蔓延っている。

東大の場合、理科に進学した学生の中で 1・2 年生の数学の内容を理解する人は 1 割を切っていると思う。大半は数学科に行かないから別にそれでも良い。その 1 割のうちから主な数学科進学者が出るのであるが、 3 年生の内容を最低限度修得する人は 6 割くらいだと思う。実際数理科学研究科の院試に受かるのは、例年、内部進学者の 2/3 くらいである。そのくらい、厳しい。とにかく膨大な量を講義され、時間がかかる。

私は 3 年生で選択必修を全部取ったので、毎日がまるで数学の洪水のようだった。当時若かったので、ほぼ毎日、朝から晩まで数学を勉強していた。今では体力がなくて、もうできないだろう。それでも講義の消化は全然間に合わなかった。 4 年生や修士課程 1 年生でも 3 年生の復習を続けていた。

どうやって内容を理解するか

ここから、具体的なメソッドの話に入る。

何も見ないで自分で講義が再現できるようになれば、その講義は理解できていると言える。 その状態を目指して復習をするべきである。例えば講義中先生が計算を省略した場合は、必ず自分で確かめる。「簡単だから証明を省略する」と言われた場合は、もちろんその内容を納得のいくまで考える必要がある。講義中に理解できなかったことも出てくるだろうが、あとで自分で考えてみる。それでもわからなかったら質問する。とにかく、丁寧にやる。

数学科の先生が講義をなさるのであれば、きっと、ノートなどは何も見ないで講義をすると思う。実際は、昨今の大学の先生方は忙しくて、講義の準備に割ける時間が少ないので、ノートを見ながらやる先生の方が多いかもしれない。しかし、私が大学教員になったら当然何も見ないでやると思う。それが、数学の内容を理解しているという状態である。その状態を目指すべきである。翌週の講義が始まるまでに、自分もそういう状態に持っていくのが学生の目標である。実際は忙しくてそこまでできないかもしれないけれども、理想はそこにあるので、できる限り頑張る。

参考になる書類を挙げる。

毎週セミナーの準備をしているのだという勢いで講義の復習をすればよろしい。完璧でなくてもいいので、できる限りをすれば良い。あと以下の本も具体的な勉強の指南として参考になる。

ただしこの本は精神論が結構載っているので、河東先生以外の記述はあまり参考にしないほうがいいと思う(トーダイの先生から怒られかねない問題発言)。とりあえず、河東先生の部分は一読されるとよろしい。

ハードルが高そうに見えるかもしれない。確かに、時間がかかる。しかし、その途中で、 自分はバカだとかいちいち思わないことが大事である 。後から考えれば簡単だなと思える内容であっても、実際は何度も繰り返し勉強して初めて身に付くものである。現代の数学は、過去の天才たちが才能では届かなかった領域にまで基礎知識を求めてきている。ゆえに、普通の先生方も、超天才みたいな人以外は、みんな愚直に積み重ねてきている。私は趣味で英単語を覚えるのだが、覚えるまでだいたい 6 回くらいかかる。ただスペルと意味を暗記するだけの作業ですらそんなものなのだから、高度な論理で紡がれた数学で、同じことを何度も繰り返して習得するのは当たり前のことである。 いちいち自分にがっかりせず、忘れてしまうことも織り込み済みで、何度も同じ定理を書いて導いて、同じ感動を何度も味わえることに楽しみを見出せると、良いと思う。

教科書について

自分の好きなものを買えばいいと思う。しかし線型代数や微分積分は、インターネット上に「わかりやすくて優れた解説」がある。

こんなに優れたファイルが Web 上にあるのだから、せっかく高いカネを払って本を買うなら「内容が厳密でしっかりした本」を買って一生使うと良いと思う。私は以下の本が好きである。

杉浦先生の本は、初学者には向いていないと言われるし、実際その通りなのだが、証明が普通の数学の本より丁寧でわかりやすい。足助先生の本もほぼ同様の趣向である。

演習について

大学の数学科に入ると、講義の復習が重要だとすぐに気づくとは思うが、演習も重要である。

コツであるが、 簡単な演習問題を確実に解けるようにしたほうがいい 。私の友人で谷村君という人がいるが、彼は演習も一生懸命取り組んでいた。私も簡単な問題を黒板の前で解いていた。同級生からバカにされていようが、やっていた。そして、最終的に高い実力をつけた人は、当時から簡単な問題を、確実に解いているような人であった。

数学科において、簡単な問題が解けるということは、高校とは違う意味を持っている。数学科で一番難しいのは教科書の内容を理解することだと述べた。簡単とはいえ、演習問題が解けるということは、その周辺知識が正確に理解・整理できているということである。その問題を解くことにより、知識が整理される。より適切な見方が定まる。これが大事である。難しい問題を解くと、技巧は身に付くのであるが、数学的に得られる内容は簡単な問題と同じくらいだったりもする。

あと 計算力が引き続き非常に重要である 。微分積分の計算は、大学受験の最高レベルが引き続き要求されると思って良い。それ以上かもしれない。数学科に入ると、確かに $2$ 桁 $\times 2$ 桁のような整数の掛け算は滅多にしなくなる。しかし微分積分の計算や、細かい代数の演算は、代数・幾何・解析どこにいってもつきまとう。計算は厭わずにやるべきである。ただし計算を減らすための工夫や計算ミスをしないための工夫はもっと厭わずにやるべきである。ここらへんは大学受験の数学と同じである。

参考:数学科のカリキュラム

日本の大学の数学科のカリキュラムはかなり優れていて、どの大学でもだいたい同じであるから、だいたいこういうものだと書いておく。

大雑把に言って、大学 2 年生の夏までは、微分積分と線型代数をやる。これは高校数学の延長とも言えるし、高校数学の完全版や反省とも言える。扱う対象には、大きく差はない。差があるように思うかもしれないけど、卒業する頃にはなるほど確かにと思うようになる。

2 年生の秋から、集合と位相の講義が始まる。ここから先は質的に大きく異なる。 汎人類史の天才たちが、才能だけでは届かなかった対象を扱うようになる。つまり、扱う対象が圧倒的に抽象的になる。 ここから先が数学科の本番である。ただし勉強の仕方は同じである。以降は、

  • 線型代数続論、群と環、環上の加群、体とガロア理論
  • 多様体論、ホモロジーと基本群、微分形式とコホモロジー
  • 複素解析学、ルベーグ積分論、フーリエ解析、(古典論の)微分方程式、関数解析

などが必修や選択必修で講義されていく。

そして 4 年生では、セミナーが始まる。先生方が各々テキストを指定するので、好きな先生について、その本を読み進めていく。 セミナーとは、先生に向けて教科書に書いてある内容を発表する、というものである。 上に書いた河東先生のルールでだいたいどの先生もセミナーをやると思う。実際は、私は強制されたことはないのだが、自主的に守るようにしていた。こうして高度な数学の一端を学びながら、その途中で、大学を卒業する。

参考:卒業後

私の周りは大学院にいく人が多いが、別に数学の大学院とは限らない。数学が好きでも、数学の研究が向いてないなと思えば、たとえばコンピュータが得意なら計算機科学専攻に進む場合もある。中学・高校の教員になるという選択肢もあるし、普通の就職活動を経て普通の会社に就職ということもできる。

仮に数学の大学院に進むと、基本的には大学 4 年生のセミナーの続きを修士課程 1 年まで続けることになる。続けて修士課程 2 年で、修士論文の作成に励むことになる。ここでも、指導教員の先生の指導が入る。ぶっちゃけ、修士論文は何を書いても修了できる。新規の結果でも良いし、既存の研究成果のまとめでも良い。ハードルは高くない。

間違って博士課程に進学すると、今度は自分で最初から最後まで論文を完遂させることが目標になってくる。それができれば研究者になったということなのだから、それで修了ということになる。指導教員は、京大や東大だと、博士課程の学生に対してはあまり指導しない。他の大学だと、引き続きしっかり指導することが多い。

特に大学院では、政治とか、書類とか、嫌なことはそれなりに出てくる。私自身嫌なことは経験してきた。しかしそれでも自分の好きなように数学をやれる時間はやっぱり priceless だったし、計算機に興味があればそれも存分にやれる。

新入生に向けて述べたいことは、以上です。参考になればと思います。数学科に来た人の中には、残念ながら数学が嫌いになって卒業する人が結構いるんですけど、私としては、質問者の方には 数学をますます好きになって卒業してくれると嬉しい です。