一次分数変換の概説

更新日時:

昨日も書いた通り、 2019 年度の九州大学の入試問題でモロに一次分数変換が問われていて、受験関係者の間でも誤答が連発しているらしい。大学で複素解析をまともに勉強したことがあればこの問題は一瞬で答えがわかる。間違いようがない。もちろん、普通の受験生は普通に解くしかないのだが、指導者の側でこれを間違えるのはありえない。

さて、この記事では、この問題を間違えてしまった「指導者」の人は相手にしない。まともな複素解析の本を読めば書いてあるからそれを復習しなされ。多変数複素解析ならともかく、 1 変数の複素解析の、しかも基礎事項がわからないのは、数学的に終わっている。この記事では、高校 1 年生の頃の私に対して、この問題の背景を解説を試みる。他の人は一切知ったことではない。 15 年くらい前の私に対してだけ、この文章を贈る。 宣言するまでもないことだが、この記事に限らず、この日記は私の自己満足である。

$\mathbb{C}$ 上の解析的自己同型群

複素関数、正則関数

まず $D \subset \mathbb{C}$ を領域とする(部分集合くらいに考えておけばいい)。 $D$ 上の複素関数 $f \colon D \to \mathbb{C}$ 上で微分を考えたい。すると複素微分可能であると、実は何回でも複素微分可能であることがわかる。そこで、複素微分可能な関数のことを 正則関数 と呼ぶ。

実は複素関数は、実関数と違って形にかなり制限がかかる。例えば一致の定理とかリュービルの定理で調べるとわかる。その一端を今回の文脈でまず述べる。

解析的自己同型群

$f \colon \mathbb{C} \to \mathbb{C}$ を考える。こいつが正則関数であり、かつ、全単射であると仮定する。すると逆関数 $f ^ {-1} \colon \mathbb{C} \to \mathbb{C}$ が定義されるが、またこいつも正則関数であると仮定する。このとき $f$ は $\mathbb{C}$ 上の 解析的自己同型写像 であるという。解析的自己同型写像全体は群をなすので、それを 解析的自己同型群 といい $\mathrm{Aut}(\mathbb{C})$ と書く。

さて、実は次が成立する。

命題 1: 次式が成立する。 \[ \mathrm{Aut}(\mathbb{C}) = \{ f(z) = a z + b \mid a \in \mathbb{C} \setminus \{ 0 \}, b \in \mathbb{C} \}. \]

つまり、 $\mathbb{C}$ 上の解析的自己同型写像は、 $a z + b$ の形しかないのである。証明はこの後説明する点 $\infty$ がまず必要で、その上、リュービルの定理と、孤立特異点の分類が必要なので、省略。

とにかく、これしかないということが重要である。

$\hat{\mathbb{C}}$ について

$\infty$ の導入

実は複素平面は色々な意味で完全ではない。例えば有界ではない。もう少しいうと、コンパクトではない。コンパクトであると数学をやる上で色々助かるのだが、 $\mathbb{C}$ はそうではない。

これは $\mathbb{C}$ に $1$ 点が欠落しているために起こる。この欠落している点を $\infty$ と書く。注意して欲しいのは、これは 方角 ではない。 $\mathbb{R}$ 上では、 $\pm \infty$ とは方角であり、実際にそういう点があるわけではなかった。しかし 複素平面の場合は、 $\infty$ は、実際に付け加えられた点である 。 $\hat{\mathbb{C}} = \mathbb{C} \cup \{ \infty \}$ という具合に点を付け加えるのである。

導入の仕方

ではどのように付け加えるのだろうか。私は図を描くのがめんどくさいので、 Wikipedia の 2 枚目の図を見て欲しい。複素平面を $\mathbb{R}^2$ と同一視する。そこでさらに $\mathbb{R}^3$ の単位球面 $S ^ 2$ を考える。 $S ^ 2$ を地球に見立てて、北極点を $N = (0, 0, 1)$ とおく。$z \in \mathbb{C}$ に対し、 $z$ と $N$ を結ぶ線分と $S ^ 2$ の交点 $P$ を考えると、 $z \mapsto P$ は $1$ 対 $1$ に対応していることがわかる。このことを $\mathbb{C} \cong S^2 \setminus \{ N \}$ とでも書くことにする。

すると北極点 $N$ に対応する $z$ とは何だろうかと考えると、まさにこれが $\infty$ である。つまり $\mathbb{C} \cup \{ \infty \} \cong S ^ 2$ である。ゆえに $\hat{\mathbb{C}}$ とは、この単位球のことであると言ってもよい。そこで $\hat{\mathbb{C}}$ を リーマン球面 と呼ぶ。

$\infty$ の取り扱い方

$f \colon \mathbb{C} \to \mathbb{C}$ を $f \colon \hat{\mathbb{C}} \to \hat{\mathbb{C}}$ に拡張することは、割と自然にできる。安直に言ってしまえば、事実としては、 \[ f( \infty ) = \lim _ {z \to 0} f \left( \frac{1}{z} \right) \] が成立している。極限はどうとるのかはきちんと準備をしないといけないのだが、まぁ適当に定めていると思えばとりあえずそれでいい。

$\hat{\mathbb{C}}$ 上の解析的自己同型群

一次分数変換

今までの話を組み合わせると、今度は $\hat{\mathbb{C}}$ 上の解析的自己同型群を調べるという流れになる。$\hat{\mathbb{C}}$ 上の解析的自己同型群とは、 $\hat{\mathbb{C}}$ 上の解析的自己同型写像全体のことであり、 $f \colon \hat{\mathbb{C}} \to \hat{\mathbb{C}}$ が $\hat{\mathbb{C}}$ 上の解析的自己同型写像であるとは、正則関数であり、全単射であり、さらに逆写像も正則であることをいう。 $\hat{\mathbb{C}}$ 上の解析的自己同型群を $\mathrm{Aut}(\hat{\mathbb{C}})$ と書く。

さて、実は次が成立する。

命題 2: 次式が成立する。 \[ \mathrm{Aut}(\hat{\mathbb{C}}) = \left\{ f(z) = \frac{a z + b}{c z + d} \mid a, b, c, d \in \mathbb{C}, ad - bc \neq 0 \right\}. \]

そこで 一次分数変換 $z \mapsto (az + b)/(cz + d)$ を調べることは極めて重要になってくる。

少し補足。実はこのことの証明には、命題 1 を使う。命題 1 の形の写像は $c = 0$, $d = 1$ としたものであるが、この時 $f(\infty) = \infty$ である。つまり $\infty$ は固定点である。この事実と、以下で述べる $3$ 点の対応だけで決まることを使うと、命題 2 が証明される。

一次分数変換の諸性質

以下、 $ad - bc \neq 0$ とする。まず \[ f(z) = \frac{az + b}{cz + d} \] の逆写像は \[ g(z) = \frac{dz - b}{-cz + a} \] である。さらに一次分数変換は、 $\hat{\mathbb{C}}$ 上の相異なる $3$ 点の対応だけで決まる。つまり $(z _ 1, z _ 2, z _ 3) \mapsto (w _ 1, w _ 2, w _ 3)$ により、一意に存在する。存在の証明の概要は簡単なので示しておく。まず $(z _ 1, z _ 2, z _ 3) \mapsto (1, 0, \infty)$ の場合は \[ S(z) = \frac{(z - z _ 2)(z _ 1 - z _ 3)}{(z - z _ 3)(z _ 1 - z _ 2)} \] がそれである。 $(w _ 1, w _ 2, w _ 3) \mapsto (1, 0, \infty)$ も同様に作り、その逆写像と $S$ を合成すれば、欲しいものが作れる。

$\hat{\mathbb{C}}$ 上の円

突然であるが、 $\hat{\mathbb{C}}$ 上の円を考察することにする。

  • $\mathbb{C}$ 上の円は、 $\hat{\mathbb{C}}$ 上の円である。
  • $\mathbb{C}$ 上の直線は、 $\hat{\mathbb{C}}$ 上の円から $\infty$ を除いたものである。 $\mathbb{C}$ 上の直線に $\infty$ を付け加えると $\hat{\mathbb{C}}$ 上の円となる。

このことはリーマン球面で捉えるとよりはっきりわかるのだが、図示するのが面倒なので省略。とりあえずこの事実を認めることにする。

一次分数変換と円の関係

円円対応

一次分数変換には興味深い性質がいくつもある。そのうち今回の入試問題を解説するのに必要なのは次の定理である。

定理 3: 任意の一次分数変換は、 $\hat{\mathbb{C}}$ 上の円を円に移す。

実は一次分数変換は、 $z \mapsto az + b$ の形と $z \mapsto 1/z$ を適当に合成するとできる。前者により、$\mathbb{C}$ 上の円または直線は、 $\mathbb{C}$ 上の円または直線に移されることは、自明ではないが、すごく難しいというほどでもない。後者はさすがに非自明であろうが、リーマン球面上で見ると $x_3$ 軸を中心とする $180 ^ \circ$ 回転に対応しているので、結局円を円に移す。

入試問題との関係

さてここで、最初に挙げた入試問題を見てみよう。

問題

要するに条件 (ア) - (ウ) から一次分数変換 $f(z) = (az + b)/(cz + 1)$ を決定し、その像を求めよというものである。上記の $\hat{\mathbb{C}}$ の視点から考察する。

まず (ア) より、 $i \mapsto i$, $-i \mapsto -i$ であることが与えられている。次に (イ) は、虚軸に $\infty$ を付け加えた $\hat{\mathbb{C}}$ 上の円が、 $\mathbb{C}$ 上の単位円に移ることを意味している。その上で (ウ) はどういうことかというと、虚軸は $\mathbb{C}$ 上の単位円のうち $-1$ 以外の点に移るのだから、逆に言えば $\infty \mapsto -1$ ということである。つまり $a/c = -1$ ということである。以上より計算を実行すると $a = 1$, $b = 1$, $c = -1$ と求まる。そしてその像は「虚軸は $\mathbb{C}$ 上の単位円のうち $-1$ 以外の点に移る」のだから、その通りになる。

実際に入試問題を解く際

まず、仮に複素解析の知識を証明付きで確認したことのある受験生(例えば学士を取ってから医学部医学科を受験する受験生など)が以上のように解答した場合、減点される筋合いは全くないので満点がつくはずである。というか「高校範囲ではない」という理由で万が一減点するなら、そんな大学に入学したところで、数学に関係する教員はレベル低いだろうから、いいことなんて全くない。きっと他の学科の教員のレベルも推して知るべしだろう。ゴミみたいな教員には関わらないほうが人生マシで、入学しないほうがいいと思う。

しかし実際の大多数の受験生は、複素解析の知識を持っていないはずなので、以上のようには解答できない。そこでどうするかということなんだけれども、私のオススメは以下の通りである。

  • まず一次分数変換は $3$ 点で決まることは知っておいて損はない。今回の場合は (ア) で $i \mapsto i$ と $-i \mapsto -i$ は与えられているので、もう一つの点の情報を保持しておけば (イ) の条件は読み込んだことになる。例えば $f(0) = c$ が単位円上にあることがその情報である。この時点で、虚軸に $\infty$ を付け加えた集合の $f$ の像が単位円であることが確定する。
  • 次に、像と像の対応が決まったところで、 $f$ は決定されない。その理由は、もう一つの点の行き先を正確に知る必要があるからである。つまり、上記の時点では $f(z _ 0) = -1$ を充たす $z _ 0$ として、虚軸の任意の点と $\infty$ が考えられるからである。そして (ウ) の条件は、間接的に $z _ 0 = \infty$ であることを与えている。そこで $a / c = -1$ がわかるので、「仮に $c \neq -1$ であったら、虚軸上の点 $z _ 0$ が存在し $f(z _ 0) = -1$ となる」というように背理法で示すのがよかろう。
  • 問題文の後半の「虚軸は $\mathbb{C}$ 上の単位円のうち $-1$ 以外の点に移る」は、真面目に証明するしかなかろう。今回の場合、平行移動の係数は全て実数なので、非常に簡単である。 $z’ w’ = 2$ の形に持っていき、 $z’$ と $w’$ の関係を調べるというところに非自明性が集約される。例えば昨日の解答のようにする。

参考文献

上記事項は、定評ある複素解析のどの教科書にも載っていることであるが、私は以下の本の複素解析の章を確認しながら上のエントリを書いた。