私の修士課程院試の記録 (口頭試問編)

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この記事では、私が 2013 年度の東京大学大学院数理科学研究科の修士課程の院試を受けた 翌日に書いた記録をそのまま公開する 。以下、多少の整形はするが、 当時の文章のまま 記載する。

前回の記事の冒頭に書いたけど、修士院試の口頭試問は、内容だけでなくて、教員の態度が立派であった。私はそのことを共有したい。この面接は厳しく、また、私はこの面接でたくさんの恥をかいているが、そんなことは、もう、どうでもいいことである。私自身、今後面接をする側に立ったら、この人たちの対応を見習って、少しでも良質な面接をしたいと思う。

本文

3 日目

面接に向けて勉強をした。専門科目 B の解き直した解答、講究でやった不動点定理の証明などを確認した。

院試の足切りの発表・面接の時間の掲示だった。

144 人中 66 人が通過した。これは例年よりもずっと少ない(例年 80 人くらい通過)。おそらく例年より A が難しかったことが原因だろう。

4 日目

結論から言うと面接は、私が思っているよりずっとずっと厳しい面接だった。悪夢そのものだった。

面接にいたのは解析学の教員の半分以上だった。 (注釈:以下、実名で表記する。立派な、紳士的な態度で臨まれた面接だったと思うから、実名で表記したいと思う。このことで万が一、迷惑がかかるのでしたらご指摘ください。肩書きは当時のまま)

  • 河東教授=座長。作用素環論。
  • 儀我教授=微分方程式論。主にナビエ・ストークス方程式や自由境界問題。
  • 中村教授=微分方程式論。主に線形のシュレディンガー方程式、スペクトル理論。 8 学期の講究の先生の予定。
  • 俣野教授=微分方程式論。主に放物型・楕円型方程式。 7 学期の講究の先生。 (注釈: 2019 年現在明治大にいらっしゃいます)
  • 山本教授=微分方程式論。主に逆問題。産業界とのつながりがある。
  • 新井教授=実解析論。最近は Wavelet 解析を研究なさっている。 (注釈: 2019 年現在早稲田大にいらっしゃいます)
  • 下村准教授=微分方程式論。主に非線形のシュレディンガー方程式、スペクトル理論。学生時代の指導教員は中村教授。

山本教授、新井教授、下村准教授は質問しなかった。

河東教授「まず黒板に受験番号と氏名を書いてください」

書く。

河東教授「これまでに数学講究で勉強してきた中で、特に興味を持ったことを黒板に書いてください」

次のように書く。

  • バナッハの不動点定理
  • ブラウアーの不動点定理
  • シャウダーの不動点定理
  • ディリクレ問題の $W_2^1(G)$ での線形微分方程式

河東教授「じゃあ、バナッハの不動点定理を書いてください」

書く。皆沈黙。河東教授が後ろを向いて「どうしますか?」とみんなに問う。

中村教授「ではディリクレ問題の $W_2^1$ での…を教えて下さい」

私は書く。

中村教授「ではその $W_2^1(G)$ というのは何ですか」

私は書く。

中村教授「それはすべて実数値関数ということですか」
私「はい」

俣野教授が指定したテキストだったので、中村教授は俣野教授に確認する。

中村教授「その $f$ というのは、条件は全くつかないのですか」

結論から言うと、 $L^2$ くらいは仮定しなくてはならなかったのだが、忘れていたので素直に忘れましたと答えた。

儀我教授「まあ、十分なめらかということにしておきましょう」

とおっしゃった。その後

中村教授「 $W_2^1(G)^\circ$ とは何ですか」

聞かれたので答えた。

儀我教授「 $W_2^1(G)$ は完備であると先ほどおっしゃいましたが、それは簡単ですか?」

私は答えに詰まる。

儀我教授「証明してみてください」

私は苦笑いをしながら証明を試みた。やってみると難なく終わった。

儀我教授「途中で極限操作を交換しているけど…」
私「内積の連続性を使いました」
儀我教授「なるほど」
私「大事な事です」
儀我教授「最後の $\lim_{n \to \infty} u_n = u$ というのは…」
私「$W_1^2(G)$の元としてという意味です。だからここに($W_1^2(G)$の元として)と書きました」

儀我教授は私の下手な話し方や黒板の書き方に慣れていないようだった。だが説明すると問題ないという顔をした。

中村教授「途中部分積分と言っていたけど…」
私「あ、超関数の…一般化微分の定義というのが正しいです。おっしゃるとおりです。部分積分と計算法が同じなので口がすべりました」

読者のために一応いっておくと、これは間違いというほどのことではなく、一般化微分は部分積分の延長として定義されるので、教授は確認のために問うたのだと思う。

中村教授「ディリクレ問題の証明にあたって、完備性が効いていると思うんですが…」

私はわからないと答えた。実は不動点定理は証明まで含めて全部用意していて、逆にディリクレ問題は「こういうのを勉強しました」程度にすまそうと思っていたのだった。正直にそういえばよかったと今では反省している。

中村・儀我教授「それならやめましょう」

険悪な雰囲気に陥る。しかしそこで

俣野教授「それならシャウダーの不動点定理を書いて、証明の方針を教えてください。わかることを聞かないとね」

俣野教授はいつも私たちのセミナーに出席せず、途中で用事があるといって帰ってしまう人だった。私は嫌われていると思っていた。しかし少なくとも違っていった。見限ってもおかしくなかったのに。

私は説明した。シャウダー作用素で無限次元バナッハ空間を一旦有限次元に落として、ブラウアーの不動点定理を使って近似すると説明した。中村教授の顔は確認できなかったが、儀我教授はほうと述べた。

俣野教授「コンパクト性、いや、距離空間のコンパクトの定義を言ってください」

ここで距離空間のコンパクト性の定義を述べよと言ったのは、私が幾何学を好んでいることを俣野教授は知っているので、被覆コンパクトの定義を言うと思ったのだろう。私は答えた。

俣野教授「 $\mathbb{R}$ においては、有界閉はコンパクトと同値ですが、はい、では、完備距離空間ではどうですか」

私は答えに詰まる。

河東教授「そういうのって、簡単じゃないんですか? そういう例ってあんまり考えたことはないんですか?」

この時の私は、非常に緊張していて、例は瞬間的に思い出していたのだけど、後述する最後の証明部分で一箇所詰まっていた。河東教授は反例を挙げさせる問題が好きだし、この場面は非常に厳しかった。

ここでなぜかたすけてくれたのは、なぜかここまで厳しく質問していた儀我教授だった。

儀我教授「例えば無限次元バナッハ空間ではどうですか」

そこでさっきまで思い出していた $C[-2, 2]$ で反例を書くことにした。だがどうやって証明したらよいのかわからなかった。今から見ればとても簡単なことだったのだが。

儀我教授「あなたの書いたノルムで収束するということは、一様収束ですよね。コンパクト性の否定は…」

そう、このことを緊張のあまり忘れていたのである。これを手がかりに、証明を完成させることができた。

河東教授「部分列の説明をもう少し」

と言われたので、さらに正確に説明した。なんとかなった。

河東教授がまた後ろを向いて「どうします?」と言った。

中村教授「フーリエ変換聞きましょう」

ここから、つまり、時間にしてあと 10 分くらいしかないという感じだったが、一般的な口頭試問が始まった。

河東教授「 $\mathbb{R}$ 上の $1$ 次元のフーリエ変換とフーリエ逆変換の式を書いてください」

私は「まずは式を書けばいいんですか」と言って書く。

河東教授「その $f$ はどの関数ですか」
私「$3$ つありますが」
河東教授「ではその $3$ つを全て書いてください」

私は $L^1(\mathbb{R})$, $\mathcal{S}(\mathbb{R})$, $L^2(\mathbb{R})$ を書いた。

河東教授「では $f \in L^1(\mathbb{R})$ のとき、その行き先はどんな関数ですか」
私「連続関数で、極限…… $\pm \infty$ において $0$ に収束する関数です」

いわゆる $C_\infty$ というやつである。

儀我教授「ではそれを証明してみてください」
河東教授「まずは連続性を証明してみてください」

私は苦笑いをしながら、黒板で計算を始めた。何かを書くたびに後ろから小言が聞こえてくるという恐ろしい状況だった。

河東教授「黒板に書いてあることは正しいんですが…」
私「あ、今は方針を探っていただけです。今からきちんと説明します」
河東教授「あ、はい」

優収束定理を使って証明した。これはよくある論法で難しくはなかった。

河東教授「では、 $\pm \infty$ において…というのを説明してください」

私は式を書いて悩んでいた。

河東教授「式だけじっくり見てもできないでしょう。どういう方針で考えているとか、そういうのはありますか」
私「 $C_0^\infty$ は $L^1$ で稠密だから、 $C_0^\infty$ 関数で近似することを考えています」
河東教授「 $C_0^\infty$ はフーリエ変換するとどうなりますか」
私「少なくても急減少関数になります」
河東・儀我教授「ああ、そういうのを使えば出来ますね。じゃあもういいです」

どうしてもういいですといわれたのか理解できず当惑していたが、ここまでで 1 時間の面接の時間が過ぎていたので、できたことにしてやろうという意味だろう。あとから振り返ったら、確かにこれだけわかっていればあとは技工の問題だった。

河東教授「では最後に質問をします。他に受けている大学院はありますか」
私「ありません」
河東教授「大学院に入ったらやりたい研究として、微分方程式とありますが、まだ具体的には勉強していないと」

一同笑う。

私「 6 学期に微分方程式の講義があったのですが、よくわかりませんでした」

一同笑う。

私「多くの知識が必要だと思ったので、フーリエ変換や関数解析の知識を固めることに費やしました」

調査書には正直に書いておいた。私の数学科の目標は一貫して「基礎知識を固める」だったので、難しい知識は何一つなかった。だからそう書いておいた。結果としてこれでよかったのではないかなと思う。というのも、上記面接内容は、結果的にフーリエ変換も関数解析も必須の知識にほころびがなかったことを表しているからだ。

河東教授「あと、あなた理三ですよね。数学科に来たエピソードとか、ありますか」

私はこれまた正直に答えた。理学部数学科に行きたかったが理科一類に落ちたこと、翌年理科三類に受かったこと。このまま医学部に行ってはならないということ。医者になるには入学前から覚悟が必要なのだということがわかった、と答えた。 (注釈:適当に端折り事実だけ答えたけど、リアルな事情はここに書いてあります。絶対に読まない方がいいと思うけど、どうしてもそこが気になる方はそちらを参照。)

河東教授「つまり最初の志望を貫いたということですね」

とまとめた。

河東教授「大学院に受かったら、どうしたいですか。博士課程など…」
私「状況を見て判断します」

一同笑う。

私「お金の問題があるからです。修士課程までは行かせてもらえるのですが、博士課程はどうなるかわからない。ですから状況を見て判断しますとは、つまりそういうことです」
河東教授「では黒板を消して帰ってください」

黒板を消して、ありがとうございました、失礼しますといって退出した。河東教授がにやにやしながらこっちをみていたのが印象的だった。

前日に専門科目 B の解き直した解答、不動点定理の証明は役に立たなかった。

感想

はっきり言って数学をやめようと思った。「こんなことをするならば生まれてこなければよかった」…というのは、 TBS の筋肉番組 Sasuke のセリフだが、その心境がすごくよく分かった。

院試が終わってから家に引きこもってこれを書いている。

だけれども、面接内容を振り返ってみると、確かにダメなところはあったが、「こんなことも知らないの」というダメダメさ加減はなかった。今はだんだん冷静になりつつある。 (注釈: 2019 年の今から見直すとどこが冷静なのよと思ってしまう)

「反省」というのは、もう一度同じ事をやるときにしか役に立たない。なので私はこの言葉が嫌いだ。もう一度受験するわけではない。しかし、読者が今後大学院を受験するかもしれないし、私自身今後に活かすことができることもあるだろう。

筆記試験の総括

  • 終わってみればやはり試験というのはどんぐりの背比べだった。難しい年というのはある。自分ができないものはみんなできない。そこで冷静になって、もぎとれるだけもぎとっておく。ここで勝敗が決する。なんだかんだ言って筆記試験で合否が決まる。
  • 専門科目 A の対策をするのが合格への近道なのは明らかだが、私が合格した最大の要因はできないと思っていた専門科目 B で 2 問以上を確保したためである。そして、専門科目 B の勉強そのものより、 5 ・ 6 学期に「試験の時あれができなかったなぁ」と思って復習していたことが役に立った。 (注釈: ここでの「合格」は筆記試験の「通過」)
  • A にしても B にしても、集中力・計算力が大事だ。集中力を伸ばし、めげずに計算を 3 - 4 時間実行し続けてしかも計算ミスが無いようにする。数学で、基礎知識よりも大事な事があるとしたら、それは集中力と計算力だと思う。

面接試験の総括

  • 自分の知らないことを問われないようにもっていく。定義・証明についてネチネチ聞かれるので、「これだけは絶対大丈夫」というものだけを最初に書け。
  • セミナーで一度自分で証明したはずのことを改めて聞かれるので、普段のセミナーの準備をきちんとするのが合格への近道だろう。普段のセミナーは、手抜きをしてはいけない。
  • 定義と基礎的な結果について覚えておく。

普段の勉強について

  • 先程も書いたが、なんといっても定期試験の勉強、セミナーの準備が非常に役に立った。入試のための勉強や、進んだ勉強は必ず今後に役に立つはずだが、地道に必修科目を勉強することが大事だと思った。
  • 定義・定理・証明がわかったあとに、その全体像を掴んでおくのが大事だ(完備性はどこに効いているのか、など)。今後の勉強では、話がひと通り終わったら理論の全体図を書いてみることにする。
  • 定義や定理の文言をあえて疑ってかかって、例や反例を考えてみるのも大事だ。

追記: どうしてこれが優れた面接だったと「今」思うか

2019/02/21 追記。思いの外色々な人に見られているようなので、「どうしてこれが優れた面接だったと「今」思うか」を追記しておきます。

世間で思われている「厳しい面接」は、面接官が意図的に人を困らせることを言い、人を傷つける言葉を投げて、追い込んだ状況で人を試し、面接官の優位性を以って、人を不合格へと落とし込むものを指すようである。しかしそんなものはただの「底辺レベルの面接」であり、本当の意味での「厳しい面接」ではないと私は考えている。 これが、真の「厳しい面接」の模範である。であるから、真の「厳しい面接」は、須らく「優れた面接」の一形態であるといえよう。

上記の面接は、教員の態度は極めて紳士的で、 不適切な発言は一つもなかった。悪意のある発言も、嫌味を含んだ発言も、一つもなかった。 実際、記録がこのように公開されたところで、私が恥を晒すだけで、教員の名誉は傷つくことはなく、むしろ評判が上がっている。まずこのことを、上記の記録から読み取っていただければと思う。

プレッシャーを与えるような状況になっているのは、院試の口頭試問という性質上、否めない。しかし教員もそのことを熟知しているようで、実際、私が緊張して忘れていそうなところは思い出させようとしたり、むしろ助けていることが、今記録を読み返せばわかる。

教員が見たいのは、あくまで数学の力、それも、緊張状態ではなく普段の数学の力であり、それを面接の短い時間 (1 時間程度) でできるだけ知りたいということだと推測する。

もちろん、世の中にあるあらゆる「厳しい面接」が、このようであるべきだ、などとは思わない。面接で何を試したいのか、何を見るべきかは、その面接がなんのために行われるかに、それぞれ依るだろう。だからここに提示した面接は 「模範的な一例」 である。参考にしたい人が、参考にしてくれれば、と思う。