カネが嫌いな人はどう生きていけばいいのか (4)

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どうやって生きていくか、就職について

色々考えたのだけど、次のようにしたいと思う。

  • IT 関連の民間企業に行きたいと思う。その際に次の条件を要求する。
    1. 役員方も、カネが好きでないこと。にも関わらず、経営自体はできること。(これが一番難しい)
    2. 私の勉強する時間を業務時間に含むこと。
    3. 博士課程の教育には国民の支援が間接的にあることを理解した上で、ふさわしい業務に当たらせること。
  • また、以下では述べないが、私の就職についてのビジョンは以下の通りである。
    1. 競争をしない。
    2. 最先端を追いかけない。
    3. バリュー投資をする。
    4. やれることをやっていく。

最終的には上の内容を述べるが、順番に述べるのではなく、説明しやすい順序で述べる。

私がカネが嫌いであることは、デメリットの方が大きいと感じる。色々なことに制約がかかってしまう。まず 1 つに、カネがインセンティブでなくなる。

普通の人は、給与が少ないと、やる気が出る。「逆じゃないか」と思われるかもしれないが、実際は、給与が少ないと、やる気が出る。もっと欲しがるからである。もちろんそれ以上給料が上がる職場という話であり、大学教員とかは違うかもしれない。

「必要に迫られる」ことは、人間を否応無しにハイパフォーマンスに導く。大学受験業界は、入学試験に過剰適応する場所だった。大学は、文部科学省と日本学術振興会に過剰適応する場所だった。将棋のプロ棋士があんなに強いのは、強くならないとプロになれないからであり、強さを維持しないとプロでいられなくなるからである。同じように、給与が高くなるということは、その会社、その業務に、過剰適応するということである。

そもそも「給与が少ない」と言うのは、非常に主観的な内容である。カルロス・ゴーン氏の報酬は、私から見れば猛烈に高いのだが、それでも不正をしてまでもっと欲しがったのである。人間のカネへの欲望には限度がないから、どんなに高い金額を提示されても、意味がないのかもしれない。

私の場合、給料を提示されると、まず考えるのは相場である。私と同じ学歴で、同じ年齢で、同じキャリアを積んだ人がもらえる金額を調べる。そしてそれより多ければ得だと考える。しかしその逆だと「嫌なことがあったら辞めよう」と真っ先に思う。そして実際、嫌なことをたくさん体験したので、私は助教以上を目指す予定はない。無能なやつをたくさん推して賞を与えて、数学の業界が崩壊していくのを、今後は外から眺めることにする。

また、私に相場より低い給料をあえて提示する経営者ならば、私にかかるわずかな人件費すら惜しむということだから、相当カネが好きな経営者なのだろうと予想する。これは、私と相いれないし、日産自動車のようになるリスクもある。また、同じカネがあるのなら、修士課程を卒業したての 24 歳の学生を雇う方がよほど良いであろうし。実際私にそう言い放った大手電機メーカーもある。

前述の通り、私自身は経営者になれるわけではないので、誰かに雇われるしかない。しかしグロース投資の会社にアサインすると、相いれなくて、相当大変だろうと思う。だから、カネの弱みを克服した経営者の下で仕事をしたいと思う。先ほども書いた通り、優秀な人でもカネによって簡単に弱みを握られる。 役員は、単に優秀なだけではダメで、カネというものの弱みをよく理解していることを重視する。 ましてやカネに踊らされていることを是とするのであれば、上述の通り危険なので、私はお呼びではないだろう。しかしこの条件を充たす経営者がいるのかというのは本当にわからない。

私の給与に関しては、おそらく最初に相場を調べていただいて、それを超える金額を最初に提示していただくのが良いかと思う。その一方で、以降は原則として昇給しなくて良い。ほとんど昇給しないことを前提として、初任給を提示してほしい。以下でも述べるが、私の仕事は短期的なものではないと予想される。 1 年程度のスパンで評価しても、大した評価にならないだろうと予想される。「評価されると給与が上がる」となると、それに過剰適応して、短期的な成果を求めるようになる。これは短期的に最高値をつけて売り抜くためなら最高に効率的であるが、長期的に見ると損である。余談だが、数学なんて 100 年後にしか役に立たないような代物である。しかし、同じようなことが行われているのはただただ情けないと感じるし、それでいかに日本の数学力が低迷したかをこの目で見てきた。同じようなことを民間企業でやりたくない。

基本的に先方に要求するべきことは、上の通りなのだが、あとは私の細かい特性と事情にある。

私は学生として 20 代をほとんど全て大学で過ごした。そのうち博士課程学生の時間もあったので、国民から間接的な支援を受けている。ゆえにその付託に応える義務がある。もちろん民間企業で活躍すればいいことであり、特段の義務ではないのだが、 「年齢が高い修士課程修了」ではない ということが極めて重要である。もちろんそういう扱いを希望する人間が多いことは私自身周りを見るとわかるけれども、私自身はそういう希望はしない。なんども書いている通り私はカネが嫌いなので、労働をしたくてしたくてたまらない訳ではない。 国民の付託に応えられない、ふさわしくない業務をするくらいなら、 4 月以降も家で少しでも研究進めた方がより正しいと思う。

あと私にはエンジニアとしての才能がないと自覚している。 AtCoder Jobs でコードがバリバリ書くのが好きなフルスタックエンジニアさんを探しているのであれば、私はコンテスタントの例外であって、お呼びでないと思う。うちの専攻に限っても、私でなくて、私よりもはるかに優秀な後輩(だめぽ先生、まのひと君、すなえもんちゃんなど)を雇う方が良いと思う。

ゆえに、労働内容に関しても、広く勉強が必要な内容が良いだろうと思う。業務をアサインするだけでなく、将来に向けて日々勉強し、私に勉強をさせることで、 10 年後や 20 年後に会社が潰れていないことを目指すのが良いだろう。私は理系の大学院を最後まで行った人だから、そういうことをさせるのに向いている。そのための時間が確保できることが望ましい。私は何にも仕事がなければ、勉強して過ごすので、別にサボるとか心配する必要がない。逆に 業務に必要がない事項 についての勉強時間が、労働時間の中で確保できないなら、それはすなわち、業務内容が定型的に決まっているということなので、修士課程修了の 24 歳がベストである。私はお呼びでない。

自分が納得いかない条件ならば、何度もいう通り国民の付託に応えるという意味で、 4 月から引き続き無職のまま研究する。研究すべき内容はいっぱいあるから、しばらくネタには困らない。まだカネも尽きていないので、時間はある。冷静さと真摯さを失ったら、全てが吹き飛び、何も残らない。よく考えた上で行動する。

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