実解析の講義を受けた理由

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これは Twitter の続きです。

昨日は、解析学は日々の鍛錬が重要、みたいな話をしました。そこで私は実解析学の講義を定期的にとって腕前を錆びつかせないようにしたと書きました。「どうして微分方程式でなくて、実解析学の講義なのか?」と思ったかもしれません。個人的な意見を書きます。

数学の他の分野は、他の話題と話題に有機的なつながりがありますが、微分方程式は方程式が違うとみんなやっていることが違います。手法も全く異なります。組織としてはまとまっていますが、それは「国防」のためで、いわばアメリカ合衆国みたいな感じです。

その上で講義では、その方程式の基本的な結果や、綺麗にまとまった部分の結果を講義されるわけですが、その内容は、他の方程式の人が聞いても高尚すぎる傾向にあります。

例えば、天才数学者が作り出したような関数解析の議論が、方程式の解の存在・非存在、滑らかさの主定理になることが多々あります。それを証明付きで学んでも、一般的な「解析学の鍛錬」にはならないかもしれません。証明を理解したとしても、凡人には手が届かない議論で、はぁなるほどという……もちろん結果は使いますが、証明は普段は忘れていても差し支えないような、そういう感じです。ここは言葉にしにくいし、自分の主観が入っているけど、専門の人はだいたい「あのことね」と同意していただけると思います。

脱線:これと同じ理由で、微分方程式の演習問題は、ほどほどの難易度のものが作りづらい傾向にあります。学部の演習も、大学院のレポートもそうです。適当にこしらえると、有名問題か、易しい問題か、または論文になるような難しい問題か、になりがちです。ほどほどの難易度が担保されていなくてはならない大学院入試は、相当作るのが大変だろうなぁと、毎年見ていて思います。

だから実解析学の講義の方が、手法は地についているので「鍛錬」になっていいと思います。昨年まで本研究科にいらっしゃった新井先生は、 700 番台講義でも定理の証明は講義中にしっかりする先生だったので、それを復習するだけでも、腕前を錆びつかせないために役に立ちました。また、純粋に私は実解析学の理論を面白く思うので、その意味でも好奇心を刺激されるものでした。今年、新井先生は早稲田大学に異動なさいました。現在、うちの研究科で実解析学が専門の教員はいらっしゃいません。新井先生には優れた実解析学の講義をしてくださったことに感謝するとともに、後を継ぐ先生がうちの研究科に今現在いらっしゃらないことを寂しく思います。

あと補足ですが、自分は時間発展しない方程式が専門なので、発展方程式の講義を受けても or 講演を聞いても、基礎知識が足りないこともよくあります。これは純粋に私の勉強不足で、お恥ずかしい話です。翻って、自分にとって専門を広げるのに一番役に立ったのは RIMS の研究集会、考究録です。あれは時間発展しない方程式が主の研究集会もあるので。

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