プレイヤーとして (2)

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救われた言葉

その数年後、足跡君から 「ゲームを作るということは、ゲームをプレイすることとは違う。前者は遊びを考えるということで、後者はアルゴリズムを考えるということだ」 というようなことを聞いて、心のモヤモヤが消えた。私はあくまでプレイに向いている人だったと、その時実感した。

足跡君の詳細については彼がどれだけインターネットで公開しているかわからないからこの場で書かないが、ゲーム作りを趣味にしている人である。そういう実戦的なレベルの人から言われて、納得することができた。彼にはとても感謝している。

それ以降、私は 永遠にプレイヤーとして人生を生きていく ことを誓った。

現在

ありがたいことに、今の時代は、ゲームクリエイターとゲームプレイヤーの間に上下関係はない時代である。どちらも重要なステークホルダーである。

ゲームの側から見ると

まず、クリエイターの側がプレイヤーに遊び方を委ねてくる時代になってきた。

例えば 3D ゼルダシリーズは非常に象徴的である。今までのゼルダシリーズでは、クリエイターが出題者であり、プレイヤーはその答えを発見することが楽しみ方だった。そして、想定解法以外をバグとして徹底的に潰すことで、ゲームとして成り立っていた。これはつまりクリエイターが創造主であり、プレイヤーがそれを超えることは、すなわち 神に反逆する ということであり、(バグ以外の方法では)できなかったのである(まぁそれでも粘り強くバグを発見して超えるんですがね)。

そこを BotW では変えてきた。詳しくは GDC 2017 の Breaking Convention で開発者がたっぷり述べている。

我々はこの世界の至る所にシチュエーションとゴールを用意しました。もちろん想定した「正解」も用意しています。しかしお客さんには、その「正解」を探すことではなく、考えて試してみることを楽しんでほしいです。(中略) 少しくらい非効率な方法や、思いがけないショートカットでも、考えて、試して、できたという体験そのものが楽しければ、それこそがこのゲームの正解だと思っています。 (48:20 - あたり)

同じようなことをプロデューサーの青沼さんも答えている

実は今回は、もう色んなルートで障害を攻略できるようにもしました。これまでの「ゼルダ」で、もし壁や山のふもとで、目の前にあるいかにもな「謎」を解かないで直にそこを登ってクリアしてしまったら、絶対に「バグ」ですよね。無論、これまでの「ゼルダ」では、そういうものは全てナシにしてきたし、徹底的にバグ取りの段階で排除してきたものです。

でも、今回は「もうネタがつぶれたって、ええやん!」って決めました。登ってクリアしてOKです。

その結果、我々プレイヤーが出した答えが、数々のプレイ動画である。例えばドリルカラマリさんはすごい腕前ですごい労力をかけてすごい動画を連発しているので、 BotW をやったことある方は、ぜひ楽しんでほしい。

その他『MGSV』もほぼ同様の進化をしたいと理解している。念のために申し上げておくと、日本語の資料が豊富だから BotW の例を出したが、少なからず多くのオープンワールドのゲームはそういう構造を持っていると言える。 任天堂が最初の例ではない。

プレイヤーとしての活動

ゲームプレイヤーのプロとして生計を立てている人は、特に海外を中心にいる。そうでなくても、ゲーム動画を配信して生計を立てている人もいる。生計は立てられるレベルではないけれども、いい動画を投稿すれば少なくない収益が発生する時代でもある。

私は、今は、あくまでプレイする側の人間として、活動している。 BotW は発売されてから 1 日 14 時間のペースでやり続けてある程度やり尽くしたし、動画見るのも好きです。自分でも (BotW ではないですけど) 動画出したりして、一定の評価もらえたりしている。

ゲームプレイするだけの人間でも、微力ながら人に影響を与えられる時代になったことは、とても喜ばしい。私がどちらかというと得意としているものは、対人戦でも、数字で記録が出るものとかでもなく、「面白いことやりました」なので、動画の時代が来てようやく光が当たったように思う。

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