萌え絵と女性作家 (2)

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バッシング内容 (その 2)

キズナアイの知名度に託つけた批判は的外れ

バーチャル YouTuber やキズナアイの知名度を性別・年代別に定量的に評価しようとして、キズナアイが NHK のノーベル賞の解説企画にふさわしくないという結論を述べた者もいる。その定量的評価に果たして信憑性があるのかがまず問題となる。しかし、それだけでなく、根本的なところで間違っている。有名であるかないかは NHK がノーベル賞の解説企画をキャラクター選定とは関係がない。 NHK のコンテンツに何を起用するかは、 NHK の中の人が NHK の責任において決定するべきであり、社会学的見地から批判を加えるのは無理筋だろう。

例えば『ラブライブ!』シリーズはある時から NHK で大きく取り上げられるようになった。 2015 年の紅白歌合戦に μ’s が参戦、アニメや映画が NHK で全国放送されるようになった。そして 2018 年には『今日は一日“ラブライブ!”三昧』が放送された。これを見ても NHK はラブライブ! を相当厚遇していると言える。しかし「コンテンツの大きさ」という意味で考えると、『アイドルマスター』シリーズも相当大きく、相当楽曲もあり、なおかつ歴史も古い。しかし NHK はアイドルマスターをラブライブ! 並に厚遇したことはない。したがって、コンテンツの大きさが小さいという理由で、取り上げるコンテンツを批判するならば、 NHK がラブライブ! をアイドルマスターに比べて厚遇している状況にも同じ理由で社会学的に批判を加える必要があるだろう。実際はこんなものが道理を欠いているのは明らかである。 NHK は NHK の責任で放送するコンテンツを決定すればよろしい。

また、キズナアイの売名行為だというのも非常に無理筋である。もしそう論理を組み立てたいならば、 2018 年 4 月にキズナアイがおはよう日本で取り上げられたときにも同様の批判をしていないとおかしい。ここではバーチャル YouTuber がビジネスとして熱いことが取り上げられている。当然バーチャル YouTuber 筆頭格のキズナアイも出演していて、

収入を得る仕組みは実際のユーチューバーと同じ。キズナアイさんは「ユーチューブの広告収入って言われているものや、企業さんのプロモーションのお手伝いをして、って感じですね。ぜひ、よろしくお願いします!」と答えてくれました。

と述べられている。ここまで明確に自分を売り込む行為をしているのに、こちらには批判を加えず、ノーベル賞の解説企画のお仕事に売名行為だと批判するのは、極めて妥当性に欠いている。

私は、おはよう日本のビジネス特集にキズナアイが取り上げられることも、キズナアイがノーベル賞の解説企画に出演するのも、問題がないと思っている。

NHK が放送してきたアニメ

そもそも NHK で放送されたアニメの中には、単にキズナアイが普通に聞き手を演じることよりも際どい描写を含むものも多い。私がパッと思いつくだけでも 2 つ述べておこうと思う。

1 つは先ほども述べた『ラブライブ!』である。このアニメは 4 シリーズに劇場版が加わっており、いずれも性的な表現は全くないと私は思う。しかし若干不健全な要素もあって、例えば穂乃果ちゃんのスカートの中のペチコートが見える。脱線するが、おそらくこの「スカートの中のペチコートを見せる」というのは、おそらくキャラクターデザインをした西田亜沙子さんのこだわりであろうと思う。というのも西田さんが同じくキャラクターデザインをした『ハルチカ 〜ハルタとチカは青春する〜』のチカちゃんも結構見える。キズナアイの横乳が強調されているというならば、これも不健全に見えるのではないだろうか。

もう 1 つは『進撃の巨人 3rd Season』である。こちらは再放送ではなく、 NHK で全国放送された。人が人を殺す描写がかなり多く含まれていた。それだけでなく、巨人の生々しい戦いや、暴力描写もあり、グロテスクさという意味では結構な不健全さだったと思う。

NHK のキズナアイのノーベル賞の企画について性的だとバッシングをした人は、これらのアニメのこれらの表現に関しても同様の力量でバッシングするつもりがあるのだろうか。私なら、単にキズナアイが目に飛び込んできたから売名やメシのタネとしてバッシングをしただけではないかと推測してしまう。

基準が国によって異なるのは当たり前

「キズナアイは海外の基準からするとありえない」という論理を立てた人がいる。これについては、そもそも「海外の基準」というものをまず明確にしろと言いたいところであるが、そもそもキズナアイは日本のコンテンツであるのに、海外を持ち出す根拠が全くない。

国によって表現の基準が変わるのは当たり前のことである。例えば、日本・北米・欧州に大きな影響力を持つ任天堂ですら、一律の基準でゲームを制作することができてこなかったという現実がある。

例えば『ポケットモンスターブラック 2 ・ホワイト 2』には、「ほいくしのエナツ」というトレーナーが出てくる。このイベントはポケモンファン以外にも大変有名であり、詳細は pixiv 百科事典ニコニコ大百科の該当項目を参照してほしい。日本だと笑い話で済むところであるが、北米・欧州では大変厳しい表現である。向こうはユダヤ教やキリスト教が根深く息づいているので、男性が女性の格好をするということは表現しづらい。実際こちらの記事によると、エナツが男性であると明かされるのは、日本語版とフランス語版のみに限られるそうだ。日本語版と北米版のセリフの書き起こしもある。

同様の問題は『ファイアーエムブレム if』でも起こった。この作品は同性愛婚がシステム上可能になったという点で脚光を浴びた作品であったが、その内容に大きな問題があった。詳細はこちらの記事に書かれている。日本では同じく笑い話で済みそうであるが、現状欧米ではセクシャル・マイノリティに対する扱いが極めて難しくなっている中でこのストーリーは却ってまずかった。私の記憶になるが、日本語版が発売された直後でも、同性婚の内容に問題視するプレイヤーはいた。

また『ゼノブレイドクロス』では、日本語版から海外版への移植の際に、リンちゃんの年齢が 13 歳から 15 歳に変更されるのではないかとされた。この作品では際どい水着をキャラクターに着させることができ、 13 歳という設定ではまずいのではないかという話であった。詳細は英語版の Wikipedia に書かれている通りである。最終的には 13 歳のままになったそうだが、海外のレーティング機構と折衝があったと見てほぼ間違いなかろう。

今は任天堂の例を見てきた。他に、逆に、海外版に比べて日本語版の方が厳しい表現規制がかかっている場合もある。例えば『Grand Theft Auto V』はその 1 つである。男性の下半身を露出するシーンや、性行為と思われるシーンや、過度の暴力シーンで自主規制がかかっている。例えばこの動画で確認ができる。そもそも日本語版は CERO Z の区分であり、「18 才未満の方には販売しておりません」の表示が出る。しかしそれでもこのように自主規制がある。傾向としては、日本は暴力表現に厳しい。

少なくとも言えることとしては、日本のコンテンツは日本の基準で審査すればよろしいということである。海外の基準と違うことなんてのは、以上の経緯を見てきた私からすれば当たり前のことである。

補足

なお、本論とはずれるが、近年任天堂は全世界・全言語で同じ内容のゲームを作ろうと努力していることも指摘しておく。結論から言うと任天堂のコンソールは、 Wii U と Nintendo 3DS までは、リージョンロックがかかっていた。しかし現在最新の Nintendo Switch にはリージョンロックはかかっていない。このことについて以前社長だった岩田さんは 2 回質問に答えている。

結果として、この頃から「全世界同一のゲーム」の着手が始まったのだろう。ネタバレにならないだろうから書いてしまうけれども、 2017 年 3 月 3 日に Nintendo Switch / Wii U 向けに発売された『ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド』では、主人公のゼルダが女装をしてゲルドの街に侵入するシーンがある。女装を解くと街の外に追い出される。ちなみに、最初の謁見のイベントを他の服装で強制的に発生させることはできなさそうである地下でもこの効果がある。この女装イベントは全ての言語で共通である。

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