復習には時間がかかる

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ここ最近 AtCoder のコンテストは 1 週間に 1 回以上のペースで開催されているような気がする。もし毎週開催することを社是としているなら、僭越ながら、いちユーザーとして別にそんなことはなくていいと言いたいです。もちろん毎週開催してもユーザーとしては構わないけれども。今と同じように良問を出題し judge に間違いがないと言ったクオリティのためなら毎週開催は絶対ではないと思う。

ときおり 1 週間くらい何もない週があっても別にいいじゃないかと思う。仮にコンテストが開催されない週があった場合、過去の問題を復習する猶予を得ることができるので、実力は引き続きその週も上がる。この日記のコンテスト復習記事も過去のものは割と頻繁に更新している。コンテストが毎週あるので復習が追いついていない記事も結構ある。

復習にそこまで時間がかかるのは、じっくり考えているからである。答えを見るまでに考える。答えを見てからも考える。そしてソースコードを書いてからも記事を書いて残しておく。そしてそれを読み、復習する。あの記事たちは全部自分のために書いている。

今の時代は、検索すれば答えがどこかに書かれている。 AtCoder の場合、解説 PDF も解説放送もある。他の人が AC したソースコードそのものも出てくる。誤解を恐れずに言えば、そういう環境で、単に答えを見て納得することには、もはやほとんど意味がないと言っていい。その問題を解くためには、解説を見れば良いのだから、そこまでならレベル問わずできる時代である。そんなことでは、実力にはならない。少なくとも私の場合はそれでは足りなかった。どれだけ時間がかかっても、徹底的にクオリティに妥協なく、やりきるしかない。

答えを見て終わりではなく、答えを見るまでにどれだけ考えるか、どれだけ遠回りして本質的な部分を切り抜き、それを更に復習して時間をかけて消化するかが重要である。若ければ若いほどこのサイクルを回しやすくなるが、私みたいなコンテスト界隈の超高齢者になるとこのサイクルは時間をかけて意識的に回していくしかない。

研究の世界も、ある分野に精通している人がたくさんネタを持っていて「次はこの辺をやれば新規性のある成果が出る」という鑑識眼を養うだけで食っていけるということはない。検索すれば論文は出てくるからだ。頭の中で小さな図書館を築き上げれば一生大学に飼われて過ごせる時代は終わっているし、まだ続いていると思うならやがてその業界は斜陽になっていくだろう。論文を読んで、自分の力で未知の問題を考えるしかない。その過程で新しい結果が出てくる。

そのために既に整備された道でも時間をかけて本を読むトレーニングを何年もかけて積んでいる。検索すればパッと出てくるようなものをアホみたいに時間かけてやっているのは、最終的に実力になるのはその過程だからだ。偉い先生のお気に入りになるだけならそんなトレーニングなんかスキップして偉い先生の論文をどんな方法でも読めばそれでいいし、そういうことにしか興味がなさそうな同級生はいたけれども、彼らと私の人生の終着点で、どちらが正しかったのかは明らかになるだろう。

将棋もそうだ。ほんの 10 年前くらいまでは、終盤や中盤の手筋を覚えて鍛え、最新の棋譜を収集していればライバルに差がつけられた。しかし今の時代だとソフトの方が人間より正しい手を指しているのはほぼ間違いない(参考)。ゆえに、ある局面で正しい手を知っていることにはほとんど価値がない。コンピュータで調べれば私だってわかるのだから。問題は、未来の実戦で良い手を指せるかどうかである。

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