薬の副作用

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薬の副作用。とにかく寝ることだ。朝起きると、朝 10 時を過ぎていることも多い。今日はそこから朝ごはんを食べたものの、薬を飲んでまた寝てしまった。そこから目覚めたのは 15 時。正しい寝方をしていなかったせいで 18 時頃まで体の自由が効かず、仕方ないから iPad で論文草稿を見直していた。こんな状態でもピリオドの打ち間違えや $dx$ が足りないとか $2$ 乗が抜けているとかはわかるので無意味ではない。眠気は、そもそも薬が原因なので、「目覚ましで起きる」「大きな音楽をかけて眠気を覚ます」のような精神論のようなことはできない。抗う方法はないのである。

このように日中寝てしまうので、逆説的だが、日中起きるためには、睡眠導入剤を飲む必要がある。 22 時に飲んで、 23 時 30 分頃に寝るという生活になる。このあいだの 1 時間 30 分は数学や情報科学のことを考えてはいけない。後から見直すと必ずミスしている。仕方ないから部屋の片付けをしたり、詰将棋をしたり、ゲームの動画を撮ったりしている。こうして起床のリズムを崩さないように最新の注意を払っている。次回の AGC は 0 時開催とアナウンスされたが、私の場合、出場は禁忌である。自己研鑽の場を失うのは悲しい。

今シャワーを浴びて 19 時 40 分だが、ここから 22 時まで何を生産すればいいのか。幸いにして可及の用事はないものの、結局 1 日中寝ているだけという日がついにきてしまった。今日は考えうる可能性の中で最低の日だったことになる。

こういう状態になるから、薬なんて飲むなと言ってくる人もいるのだろうなと思う。しかし、現実問題、薬を飲まないと状況がより悪化する。必要な時に薬を飲んだ時にさらに辛い眠気に襲われるのである。薬を飲まなくていいことなんて一つもない。お医者さんは、はっきりは言わなかったけれども、現時点では、薬飲まないことにチャレンジするよりは、どちらかというと飲み続けたほうがいいと言っているように見えた。

数理科学研究科で、普通に、健康に生活している人は、何の憂いもなしに起きている時間全てを自分の努力に使える。両親に恵まれ、周りの人が嫉妬せず素直にその才能を伸ばされ、優れた英才教育を施され、東大に入学し、好きなだけ自分の好きなことに没頭できる。そういうものが、そもそも私にはなかった。私はど田舎の、行っていただけで恥ずかしいような小学校・中学校・高校に通い、周りの人の反発に一人ずっと耐えていた。勉強していると怒られ、学校に行くと生徒からものをとられ、殴られ、教師からはノートが汚いからと言って低い評価をつけられ、両親からは大学に落ちた時に喜ばれ、受かった時には悔しがられ、大学教授からはテストの点だけがいいやつだと言われて、挙げ句の果てにはあなたは研究者としての適性がないと言われる。そうして現在の健康状態である。何だこれ、と思う。

それでも私が研究活動を続けるのは、研究には向いているからである。出してきた業績は「これは自分にしか出せないだろう、書けないだろう」と思う要素がどこかにはある。私は今まで周りの人が全員私の勉強を邪魔してきたとしても、それでも勉強に取り組んできた。周りの人の評価が低くても、客観的な基準だけを頼りに生きてきた。高速な新幹線のレールはそもそも誰も引いてくれなくて、自分で足元を開拓し切り開いてきた。だから、自分の数学は、いびつな形をしているけれども、自分のものだ。エリートの鋳型と違った内容を与えていると思う。これは、エリートの人たちと協力して共同で研究すると、割と感じることである。将棋に例えると、終盤は同じか劣るけれども、序盤から中盤の構想が違う。まぁ、大げさに書いたけど、ちょっとしたことかもしれないけれども。

研究者になるには、他人のアイデアを盗んだり、自分は他より優れていると言いながらうまくデコレーションしたり、偉い人に付け入ったりするのが大事だとこの 5 年間わかったけれども、研究の能力はそれとは違うということも、また、この 5 年間で気づけたことだった。

願わくば、私が研究をすると周りの人が喜んで、「いいぞもっとやれ」と言ってくれる場所に所属し、余生全てを研究に使いたい。「生き残る」ために「研究以外のこと」に時間を使わずに済む場所が欲しい。具体的には、河合塾のような場所がほしい。私の能力を見出し、その能力を正しく行使させてくれる環境が欲しい。そしてそれは、大学教員を目指すことでは絶対に成し遂げられないと確信している。

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