阪大の出題ミスについて、個人的に思うこと (2)

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どうしてこれにコメントしたいか

阪大入試ミス、30人追加合格…指摘2度スルー

この問題については、昨年6月に開かれた高校教員らで入試問題を検討する「物理教育を考える会」で「複数の正答があるのではないか」との指摘があったが、出席した同大学の問題作成責任者の理学部教授が「正答は一つ」と説明。8月にも外部から理学部にメールで指摘があったが、この教授らが入試課を通じて同様の回答をした。さらに12月4日に、別の人物から詳細な指摘があり、別の教員4人を加えて検討した結果、誤りが判明した。

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ミスのあった設問については、去年、3回にわたって疑問視する指摘が寄せられていました。このうち大学として最初に把握した指摘は去年8月10日でした。予備校の講師から大学の理学部に「この設問は解答が複数あるのではないか」とするメールが寄せられましたが、問題作成の責任者と副責任者の2人の教授だけで検討を行い、およそ10日後に「本学の解答例が正しい」などと回答していました。しかし、先月4日になって今度は別の外部の人から大学の入試課にこの設問についての詳細な指摘がメールで寄せられたため、今度は問題を作成した2人に加えて新たに4人の教員を交えて検討しました。その結果、先月19日になってミスがわかったということです。さらに、その後の大学側の調査で、去年6月10日に開かれた会合の中で同じ指摘がされていたことがわかりました。この会合は物理の入試問題を高校の教員と検討するもので、ミスのあった設問を作成した責任者の教授も参加していました。しかし、教授は出席者からの指摘に対し大学の解答例で問題ないと説明し、大学に指摘があったことを報告しませんでした。大学は6日の会見で、去年6月や去年8月の時点で寄せられた外部からの指摘を学内で広く共有し、組織的に対応する仕組みがなかったことが対応の遅れにつながったとしています。

出題ミス、解答ミスはあり得ることとはいえ、よりにもよってどうして 2 回も指摘スルーが起きたのかと呆然とする。私が大学に入学して 9 年がすぎた。その前に予備校に 1 年間通った。その立場からみてコメントしたいと思う。

一般論として、大学の先生より予備校の先生の方が入試問題に詳しい

まず前提だが、現行の一般入試(例えば現行の東大前期試験)を続ける限り、予備校の先生の方が、出題者よりもずっと入試問題については詳しい。

昔は知らないが、私が予備校に通った頃には、すでに予備校の先生は極めてまともな人たちで構成されていた。誤解を恐れずに言えば、大学教員とほぼ同様のキャリアを積み能力を持った人たちで構成されたいた。予備校とは言えそこは東大コースである。最高の人材が登用される。

このことを証明するためには、どうしても学歴を話すことになるのだが……英語なら、東大のイギリス文学の博士課程に行った後、私立大学で講師をなさり、予備校の先生となった方に教えていただいた。現代文の先生も東大博士課程退学、古文の先生は現役で私立大学で講師をなさっていたそうだ。漢文も博士課程まで行かれたと聞いている。数学も物理も化学も東大の院を修了した方に教わった。

その後私は大学に入学し、大学入学後に大学の教育も受けた。その上で、予備校の教育は、やっていることは入試問題を解くための教育だけども、根の部分はで大学の教育と共通していると思った。私は数理科学研究科の 700 番台の専門の講義まで受けたけれども、予備校時代から根は変わらない。今でもこれは間違いないと思っている。

つまり、 大学教員と能力はほぼ同様のキャリアを積み能力を持った人たちが、年がら年中入試問題を解いて問題を作り解説しているのが、予備校(特に東大コース)という場所 なのである。少なくとも 2008 年の河合塾本郷校はそういう場所だった。

一方で、大学教員は、入試問題を毎日解いているわけではない。極めて当然である。それでも能力は十分だから、入試問題の作成と解答および採点には、もちろん支障がない。それでも、「入試問題を作って解く」という能力を競えば、予備校の先生が勝つ。もちろんこのことは恥でもましてや侮辱でもなんでもない。そのことを仕事にしているかしていないかであり、当然のことだ。

だから、 予備校が「この入試問題はおかしい、なぜなら…」と申し立てをしたら、基本的には大学側は真剣に取り合うべきだ と思われる。むしろそれが必然なのではないかとすら思う。出題者よりも詳しい人たちの意見であるのだから。この意識が多くの人と共有できていないように思える。

もちろん、「入試問題に過剰適応」した予備校のあり方に、私自身全くの疑問を感じないわけではない。しかし、現行の大学入試制度がこうなっているのだから、予備校産業が成熟するのは必然である。ゆえに、誤解を恐れずに言えば、予備校は「必要悪」という側面があると思っている。

余談であるが、入試制度に問題があるならば、入試制度そのものを改善するしかないだろう。現行入試に過剰適応気味である予備校や予備校の先生をどんなに悪者ののように扱っても無意味だし、矛先を間違えている。ましてや、しばしば見受けられるように、受験勉強に勤しむ受験生や、そこから輩出された大学入学者を誹るのは、人としても問題があるように思う。

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