高校教諭の底辺 (5)

更新日時:

私が河合塾に感謝している理由

教諭が具体的にどのようなものだったかは別の記事で書く。その前に、どうして私が河合塾のことをよく言うのかについて書きたい。

よく勘違いされるが、直接の理由は、私が理科三類に合格したこととは無関係である。思慮の浅い教員・学生の中にはそう思っている人もいるようだ。大学関係者はポジショントークしたがるものだから仕方ないか。事実としては、私が理科三類に合格した事実は、河合塾が有能な証拠であって、私が有能な証拠ではない。事実以外の心持ちとしては、 私の大学入試結果は「理科一類不合格」であり、決してそれ以上ではない と思っている。

私が河合塾に感謝する理由は、 私に初めて、勉強を好きなだけできる環境をくれたから である。私が勉強しても勉強しても、怒られることは一度もなかった。

高校まで、学校では教諭が怒ってくるので勉強させてもらえず、家に帰ると典久(私の父親)が文系科目の勉強をするなと怒る。暴力を振るわれたこともある。私が勉強をしていい場所は、私があの県を離れるまで、どこにもなかった。

正直に言って、河合塾で勉強して新しい発見はほとんどなかった。高校時代、自分で勉強していたおかげで、脳みそは合格水準まで達していたようだった。ただ、静かに受験する環境だけがなかった。河合塾は「来るものは拒まず、去る者は追わず」である。勉強を強制されたことはない。全て自己責任であり、大学に近いスタンスであった。私が勉強すれば、東大の入試を解ける先生が、熱心に指導して、応援してくれる。寮に帰れば、部屋で勉強していいと言われる。周りの人が勉強の邪魔をせず、そのまま入試の日を迎える。それがどれほど貴重なものであったのか、私には痛いほどわかる。

私が通っていたのは本郷校の開校 1 年目だったからか、講師もスタッフもとてもやる気があった。その気持ちと私の無念さが合っていたのだと思う。

私の高校の担任教諭は「浪人すると 200 万円以上飛ぶからな」と言っていたし、実際そのくらいの費用はかかった。しかし、河合塾本郷校での 1 年間はそんな金額では足りないくらい価値があった。誰にも邪魔されず、静かに勉強する。周りの人が皆好意的で、勉強していいよと言ってくれる。このことが、どれほど priceless であるのか。

河合塾本郷校は、私の真の母校です。

しかし、河合塾は、私の 18 年間の人生を埋め合わせてくれた訳ではない。特に、私の性格のよくない部分は、今も後遺症として残っている。高校卒業までに、みんなでこれを頑張った、あれもできたという経験があれば、今頃もう少し違った人間関係が形成できただろう。高校がまともであれば、河合塾に行く必要もなかろう。

コメントする