高校教諭の底辺 (4)

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私の通っていた高校 (4)

現役合格するために

勉強を認めてくれないなら、せめて教諭をおだてるのが最善手である。大事なのは根回し、政治活動である。例えば生徒会活動を頑張ると、 「こいつは東大に入れなければ高校の名が廃る」 と判断され、 「特権」 が与えられると言う具合である。こういう利害関係をうまく利用することである。

私は今大学院の博士課程にいるが、結局こういう能力がある人がアカデミアに残り、実績をあげる人が次々と去っている。ここにも書いた。私は大学院で活躍できるような「政治家」にはなれなかった。

村上世彰さんの手記を読んだが、時代を先取りしたような投資家である方でも、得意不得意があることを知った。特に経営者に向いていないという。詳しくは本を読んでほしいが、私もこの気持ちはわかる。彼は実際東大不合格になったことがあるが、私の通っていた高校に入学していればより確実に東大不合格になったろう。

余談。私の行っていた高校は最終的に、事実が明るみになった際に大恥をかいてしまったわけだが、数学の研究者界隈がそうならないことを遠くから祈っている。私自身は大したことはないが、数学を去っていく学生たちの質は信じられないくらい高い。あの人たちがどれほど「高騰する株」であるのか、火を見るよりも明らかではなかろうか。

結論

私の人生で、高校という害悪なステップを踏まないためには、たった一つしかなかった。 私は高校を退学するべきだった。

生徒が勉強したがっているのに少しも勉強させず、東京大学に毎年たくさんの不合格者を出していることを喜び、「授業を聞かないで自分で勉強しているやつは落ちる」と情報操作させ、翌年もたくさんの不合格者を出してまた喜ぶ。こんなの腐っている。

高卒認定で受験し不合格、そこで河合塾に行き、そこから今の人生に合流した方がはるかによかった。失うものはなく、失わなかったものが多かったと思う。

私がその高校の卒業生であるという事実は心の底から恥ずかしいことであると思っている。だから 私の CV では出身県と出身高校を明らかにしない ことにしている。私の学歴が河合塾本郷校から始まるのは、そのような高校を卒業してしまったことへの私なりの「償い」である。

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