高校教諭の底辺 (1)

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学生だろうと教員だろうと、日本トップの進学校出身の方の中には、高校の数学の先生=数学を理解している人=生徒を育てる人と思い込んでいる方が私の周りに一部いらっしゃるようだ。そして教育業界に悪いことをしているのは予備校の講師であると信じている。

頭がいいはずの人たちが、自分の実体験を思慮浅く一般化する姿を見るに、彼らの知的な営みというものは数学の中に閉じているのだなと思う。事実はどちらもピンキリであろうに。職業に貴賎はないが、同じ職業に貴賎がある。当たり前のことだ。

世界の頂点かはともかく、日本の頂点を極めし人たちは底辺なんて見る必要はなかろうが、一般化して批判するなら底辺を知っておく必要があろう。私の高校の教諭について、どのようだったのかここに記す。私が東大不合格になってから、もう 10 年近く経った。事実を話すことにする。

私の通っていた高校 (1)

生徒の質の高さ、進学実績の低さ

私の通っていた高校は、ある県で一番の進学校である。その県の私立高校は、進学校ではなく、滑り止めである。学区制が廃止されているので、その高校に全県からトップの生徒が集まる。だから生徒の質は確実に高い。今高校の先生をやっている先輩に話を聞くと、私の高校の生徒の質は、首都圏のトップの中高一貫校には劣るだろうが、十分な進学実績をあげている私立の高校よりは高いだろうと言う。

その県は日本の人口の 1/100 程度の人口を有しているので、この高校から毎年、東京大学に定員の 1/100 程度、すなわち毎年 30 人程度の生徒が入学するのが正しい姿ということになる。しかしこのような数字を挙げたことは近年ないようだ。ずっと、はるかに小さい人数に落ち着いている。また、わずかな現役合格者を出す影で、実倍率よりもはるかに多い不合格者を量産している。

すなわち、 3 年間かけて、質の高い生徒たちを粉々に潰している 。どうしてこうなっているのか、理由は明白である。教諭は底辺だからである。

「学校の勉強だけで十分」について

このことから予想されるように、私の通っていた高校から東大に合格するには、高校で教えられた勉強を超えたことをやる必要がある。

ちょっと脱線する。 よく「東大の入試問題は基本的、易しい、良問、だから教科書がしっかりできれば OK です」と言われるが、こんな言葉に騙されてはいけない。 もしそれが本当なら、予備校では検定教科書の補習をやるはずだろう。しかし、私の通った河合塾では入試問題から逆算された教材で独自の指導をして多くの学生を東大に送り込んだ。現行の東大の入試と教科書を見比べて少し考えれば、こんなのまやかしだとわかるだろう。

もしある人が「学校の先生の言うことを聞いているだけで東大に入りました」と言うなら、それは 周りの先生が勤勉で、その人の勉強をしっかりサポートしてくれていたから である。私は事実を知っているので、周りの人の有能さを自分の実績に数えるのは愚かな行動だなと思う。しかし入試は一度通ればいくらでも自慢ができる装置なので、こう言う人が尽きないのは当然かとも思う。これから入試がある受験生は真に受けず、地道に受験勉強なさるように。

近年予備校の先生の中にも「東大の入試は難しい(英語)」「東大の入試は一発ネタが多いので演習に向かない(数学)」という人も出始めているようだ。

教諭の質

脱線終わり。私の通っていた高校から東大に合格するには、高校で教えられた勉強を超えたことをやる必要がある話であった。高校の教諭は酷くて、東大の入試問題は解けない人が普通だった。

中には、有名大学の化学系の大学院博士課程を中退したのに、高校の化学を全く教えることができない人もいた。例えば授業中生徒の質問に答えられない。矛盾点を指摘されると詰まる。私には信じられなかったんだけれども、今私自身が大学院の博士課程にいて「現実」を知り、あのレベルの人がいるのは当然だなくらいに思っている。

教諭のエピソードはあとの回で書く。

次回は、こういう環境の中で生徒がいかに勉強をするかを書く。

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