虐待の後遺症

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以前も少し書いたが、私は上京前、父親から虐待を受け続けてきた。ほぼ毎日、近所中に響く声で怒鳴られ、時には暴力を振るわれ、物を壊され、投げられた。人とは思えない仕打ちをされてきた。具体的なことは、私が生きているうちにはどこかに書こうと思っている。思い出すだけで辛いので、なかなか書けない。今まで何回か、ここではない場所に書こうと思ったことはある。

上京後も、インターネットや文献で私のことを執拗に調べ、私の周りの人のことも調べている。時には電話をかけるなどして、迷惑をかけている。私の母は「あの人は、警察官であるが、警察官である前に、ストーカーだ。そういう性質を持っている」と言っていたが、上京後はそれがよくわかる。

そういう人と幼少期から顔を突き合わせてきた弊害は、今でもある。私は人の気持ちがよくわからない。特に、人がなぜ怒っているのか全くわからないことが多い。

職場の同僚の悪口を私たちによく言っていた。私の記憶では、直属の部下を 4 人採用したが、2 人が 1 年以内に辞めていた。仕事が増える。中間管理職。相当ストレスの溜まるものだったのだろう。私の母と私をいたぶるのは、彼にとっては手軽なストレス解消方法だった。それが私の父親がやり続けていたことだった。

帰宅すれば、私に怒りをぶつけることを歓びとする者と顔をあわせていたのである。自然に「人は、理由もなく突発的に、怒るものである」と認識してしまっている。何もしなくても、何をしても怒る。18 年間で私が得た情報はそれだけなのだ。

だから「普通の人が何をすれば怒るのか」を学ぶことができていない。だから、今でも、人がなぜ怒っているのか、よくわからない。当然のことだが、怒った人間は、理由を説明してくれない。私の疑問は解決されない。

上京後は、たくさんの人との縁に恵まれたが、同時に、たくさんの人の信用を失ってきた。何を話しても大丈夫と思える人は 1 人だけいるが、その人以外とは共益関係だろうと思っている。いつ相手が怒るのか、ある意味、怯えながら過ごしている。怒らせたらたいてい自分が悪いとは想像しているが、どこに落ち度があるのかは多くの場合不明なまま、人との縁は切れていく。

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